7日LAで行われた故マイケル・ジャクソンの追悼式。数々のセレブがステージに登場し、マイケルへ言葉を贈り、パフォーマンスを見せたが、その中でも特に、マイケルのよき理解者であった女優ブルック・シールズによるお別れのスピーチが、多くの人々に感動を与えていたので、こちらにご紹介したいと思う。
ステージ後方のスクリーンは、マイケルの50年の生涯の懐かしいシーンの数々を、走馬灯のように映し出す。スティーヴィー・ワンダーはマイケルのための特別の歌詞を用意、ジョン・メイヤーは目を閉じたまま、抜群のテクでギターを泣かせ、兄ジャーメイン・ジャクソンは、マイケルが好きだった名曲の『Smile』を、涙を堪えて熱唱した。
そのような中、過去に少しの間マイケルとデートをしていたことを認め、長く友人として付き合ってきた女優ブルック・シールズによる、交際時のエピソードも交えた楽しくも温かいお別れのスピーチに、会場の多くの人が涙した。
「二人で一緒に過ごした10代の頃の日々を、あれこれ思い出します。デートすると必ず写真が出回り、そこには “奇妙なカップル”、 “あり得ない組み合わせ”というキャプションが必ず…。 でも私たち本人はごく自然に惹かれあい、その友情はとても居心地のよいものでした。
私たちは13歳で初めて出会い、それからはずっと強い絆で結ばれており、マイケルは私を頼りにしてくれていたと思っています。二人とも本当に幼い時からスポットライトを浴びる生活でしたから、理解しあえる部分が多くありました。“アタシは生後11か月から仕事しているわよ。あら、5歳からステージですって?怠け者ね”などと、時にはイジメてみたり…。
早く成長することを周囲から求められていた私たちでしたが、一緒に過ごしていると二人の心は完全に子供に戻っていました。一緒に仕事をしたことは一度もありませんでしたが、ある夜彼は、ムーン・ウォークを私に教えてくれようとしました。私はサッパリだめでしたが。
レコーディングも、ビデオ撮影も、本当に何の仕事も共有しなかった私たち二人が分かち合ったのは、とにかく “笑うこと”でした。マイケルはユーモアのセンスに溢れていて、私たちはもう笑ってばかり、笑いが止まらないんです。そんな時のマイケルは、これまで出会った誰よりもピュアでスウィート、時にはいたずらっ子のようでした。
エリザベス・テイラーの結婚式の前日に、ウェディング・ドレスを誰よりも先に見てやろうなんてイタズラ心で、マイケルとふたりでコッソリ彼女の家に忍び込んだことがあります。部屋を間違ったのか、目の前にエリザベスが寝ていて失神しそうになりました。慌てて逃げましたが、その結婚式当日、二人はファースト・ダンスを踊りました。
片手にだけマイケルが着用する、飾りがプチプチしたあの有名なグローブ。私は一度それについて “ナニ、その変なグローブ!”とからかいました。私と手をつなぐんだったら、その手袋は刺さりそうだから違う方の手がいいわ、と言うと、彼はニコッと笑い、別の手を差し出しました。
彼は本当に類まれな才能に恵まれた天才、そして人間的にも愛らしくて純粋で正直、常に友人や家族、ファンへの気配りがあって、でも繊細で傷つきやすくて…。キング・オブ・ポップと呼ばれる彼ですが、“The Little Prince(星の王子さま)”、私には彼は小さな王子様のようにも思えました。
(“The Little Prince”から引用して朗読)彼もこのように、全てのものを心の中の眼で見ていました。マイケルの兄弟姉妹の皆さん、キャサリン(母)、ジョー(父)、彼のお子さんであるプリンス、パリス、ブランケットに心からお悔やみ申し上げます。
彼のお気に入りは、これだけたくさんのヒット曲を残しておきながら、自分の曲ではありませんでした。チャーリー・チャップリンが『モダン・タイムス』のために書いた “Smile” という曲で、“辛いことがあっても、心は泣いていても、笑顔を忘れないで”、という歌詞です。
今日、深い悲しみに打ちひしがれている私たちですが、心の眼で空を見上げてみませんか?そこには三日月にそっと座っているマイケルがいるはずです。だから私たちは“Smile”、マイケルに微笑んであげなければなりません。」
そう言って笑顔を見せたシールズは、しかし溢れる涙とともにステージを降りた。
(TechinsightJapan編集部 Joy横手)