イタすぎるセレブ達

writer : tinsight-ikumi

【イタすぎるセレブ達・番外編】エリザベス女王が最後に人々に与えたもの 在英日本人が女王の棺と対面までの13時間で見つけた絆

実際に現地に行ってみると「どんどんこちらに並んでください」と歓迎されました。列は一直線ではなく蛇行するようにしっかりと整理されていました。ちなみに私はこの時初めて知ったのですが、このような列のことを「snake lane(スネークレーン)」と呼ぶそうです。

「蛇行するように整理された列(Snake lane)に並ぶ人々」

これも一緒に並ぶうちにできた「仲間」が教えてくれました。その他にもウェストミンスターへの列を並びながら様々な歴史のことも教えてもらいました。人種や年齢は様々でも「最後に一目女王に会いたい」「感謝を伝えたい」「自分は女王の時代しか知らないから」と列に並んでいる人々の思いは同じでした。

ただここでもやはり、日本人には会うことはなく、また観光客のような人が並んでいる様子もなかったという。

-そんななかで、吉原さんが女王の棺の一般公開に行こうと思った理由を聞かせてください。

吉原さん:これは列に並んでいる間に改めて胸にこみ上げてきたことなのですが、これまで24年間イギリスに住んでいて、こんなに寛大な国はあるのかと思ったのです。移民受け入れや医療費が無料など、この社会を作ったのが女王です。君主がイエスと言わなければ、制度は許可されませんから。こんな私を受け入れてくれて、長年この国で働いていられるのも女王のおかげ。だから一言「ありがとう」と言いたかった。おこがましいかもしれませんが、私にとって女王はお母さんのような存在であり、働く女性のリーダーでした。亡くなる二日前まで公務をされていた。感謝しかないです。

吉原さんが並んでいた行列はゆっくりと動いていたが、午前2時から4時までは国葬のリハーサルが行われたため列が止まり、2時間立ちっぱなしになったそうだ。列が再び動き出し、朝5時頃になると、警察官が「グッドモーニング!」と勢いよく挨拶したり、ボランティアがキャンディや飲み物、毛布を配ってくれたという。13時間近く並び、ウェストミンスター・ホールに入場したのは、一夜明けた14日午前6時40分過ぎだった。

長蛇の列にもかかわらず、人々は規則正しく列に並んでいる

■あまりにも小さな棺

-ウェストミンスター・ホールに足を踏み入れた瞬間、どんなことを感じましたか。

吉原さん:静けさと厳かさですね。ホールにはあんなにたくさんの人がいたにもかかわらず…です。もし天国というものがあるのならこんな場所のことを言うのかなと。そして涙が溢れてきました。それは棺があまりにも小さかったからなんです。女王はこんな小さな身体で…。そう思うと涙が溢れて止まりませんでした。同時にあの場に立つと、清らかで不思議な感覚になりました。13時間並んで、本当に良かったと思いました。あの空間には、言葉では表現できない何かがありました。あえて言うとしたら「尊厳」と「厳かさ」でしょうか。

静けさと厳かさに包まれるウェストミンスター・ホール

吉原さんは棺に一礼をしてホールから出ると、”グループ”となった「仲間たち」と円陣を組んで「達成した!」と叫んだそうだ。ともに励まし合って歩き、13時間を過ごし、全員が女王への感謝を伝えられたという共通の体験が、肌の色や年齢に関係なく人々をひとつにした瞬間がそこにはあった。

吉原さん:仲間同士でグループチャットも作って「来年の(チャールズ国王の)戴冠式には、みんなで会おうね」と約束したんです。

■女王の死が人々に与えたもの

エリザベス女王の棺の前では涙する人もいたが、ホールから外に出てきた人々の表情はとても晴れやかだったという。女王の死去は多くの人に深い悲しみを与えた。しかし、それと同時に女王への思いが、人種や年齢などあらゆる違いを超越して人々を「united(団結)」させたことが、女王からの最後の「service(=奉仕)」だったのではないかと吉原さんは語る。イギリスに住む人々は、強制されたり、命令されることを嫌い、個の自由を優先する傾向が強いと言われることがある。さらに様々な人種や国籍の人々が集まる移民大国でもある。イギリスという国に対する思い、王室に対する思いも皆それぞれだ。

人々が並ぶウェストミンスター・ホール

吉原さん:ブレグジット(イギリスのEU離脱)などもあり、問題は山積のように見えます。ですが、この国はやるときはしっかりとやる。思いをひとつにできる。この国に誇りを持っているのだ。そういうことが女王の死去を経験し、はっきりと浮き彫りになった、そんな気がします。女王という存在は皆の人生の一部だったと思います。だからこそ何十万という人々が感謝の気持ちを伝えたいと願い、あの長い列に並んだのでしょう。まさにパディントンベアですよね。エリザベス女王への「Thank you for everything」の思いです。

吉原貴子(よしはらたかこ)
日本のバブル崩壊後、1998年に英・ロンドンに拠点を置くCentre People Appointmentsに就職するため渡英。ユーロ通貨誕生、米国英国同時テロ、リーマンブラザースの経営破綻、EU離脱など歴史的な転換期を背景に、今日に至るまでリクルートコンサルタントとして在欧州日系企業の採用、日本語を話す外国人求職者への就職を支援。現在同社副社長を務める。日英のみならず世界の中の日本という立ち位置を意識しながらロンドン在住24年目となる。

(TechinsightJapan編集部 寺前郁美)

女王を偲び、ライトアップされたタワーブリッジ

1 2