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writer : ac

【海外発!Breaking News】世界初「3人の遺伝子」を持つ赤ちゃん 倫理問題は? 安全面に疑問も(メキシコ)

「画期的な出来事で興奮している。この技術の可能性は無限だ。」

そう語るのは、米ニューヨークの「ニューホープ不妊治療センター(New Hope Fertility Center)」から医療チームを引き連れ、メキシコで治療を行ったジョン・ザン氏(John Zhang)だ。

ザン氏が率いる医療チームが行ったのは、ミトコンドリアに異常がある母親の卵子の核を取り出し、それをあらかじめ核を取り除いておいた健康な別のドナー女性の卵子に入れ、その後父親の精子と体外受精させるというもの。こうすることで核は母の遺伝子、ミトコンドリアはドナー女性の遺伝子を持つことになり、生まれる子どもは3人の遺伝子を受け継ぐことになる。

医療チームはこの方法で5つ受精卵をつくり、そのうち正常に育った1つを母親の子宮に戻した。そして今年4月6日、メキシコで健康な男児が誕生した。

「ミトコンドリア病」は母系遺伝性の難病で、細胞の中でエネルギーをつくり出すミトコンドリアの遺伝子に異常があるため、細胞を動かすエネルギーが不足し、子どもの脳や心臓などに障害が出る。このたび母親となった女性も流産を繰り返しており、これまで授かった2人の子はミトコンドリア異常のひとつである神経系障害「リー症候群」で1人目は6歳、2人目は生後8か月で亡くなっている。

この夫婦はヨルダン人で「今度生まれる赤ちゃんに同じ思いはさせたくない」とニューヨークのニューホープ不妊治療センターを訪れたが、卵子の核移植の治療が合法化されているのはイギリスのみ。そのためザン氏率いる医療チームはこれを規制する法律がないメキシコで治療を行った。

イギリスでの不妊治療施設「ケア・ファティリティ・グループ(CARE Fertility Group)」の創設者であり理事でもあるサイモン・フィシェル教授は、英メディア『dailymail.co.uk』に「難病であるミトコンドリア異常の遺伝を断ち切ることにおいては成功を収めたかもしれません。しかしこれは動物実験ではなく人間での初のケースです。どんなインパクトがあるのか安全性がきちんと立証されるまで、数年間は注意深く見守っていく必要があるでしょう。もちろんきちんとした規制も設けるべきです」と語っている。

女性の健康・生殖医学に詳しいロンドン大学キングスカレッジのドゥシュコ・イリッチ教授(Dusko Ilic)は「生殖医学にとって新たな一歩を踏み出したことは素晴らしいことです。しかしいくつかの疑問が残ります。まず、これは本当に初めての試みであったのか、それとも成功する以前に失敗例があったのかということ。現在は健康上赤ちゃんに問題はないようですが、規制がほとんどない場所で遺伝子の治療が行われること自体が危険な行為です。現段階での研究チームによるデータが少なすぎます。このケースを機に同じ病気を持つ親たちが後に続こうとするのは目に見えています。あまりにも早急に事が運びすぎてしまっているように思えるのです」と述べている。

英科学誌『ニュー・サイエンティスト(New Scientist)』によると、ザン氏らが生まれた赤ちゃんをテストした結果、ミトコンドリア遺伝子の突然変異の比率は1%以下に留まっていたという。健康問題が生じるのは18%以上であり、このままのレベルを保つことができれば赤ちゃんに問題はないとイリッチ氏は語る。しかし今後その比率が上昇することも視野に入れて、注意深く観察することが必要だという。

ザン氏らの研究の詳細は10月15日から19日に米ユタ州ソルトレイクシティで開かれる「米生殖医学会(ASRM)」の会議で発表されることになっている。

「命を救うことは倫理的なことです」と語るザン氏だが、一方で次のようにも述べている。

「遺伝子治療はまだ始まったばかりです。技術の使いようによっては、この治療法は無限の可能性を秘めています。これからは生まれる前の段階から容姿や能力を選ぶことができるようになるかもしれないのです。」

無限の可能性を追求することは、未知の世界に足を踏み入れることと一緒だ。果たして「デザイナーベビー」の時代がくるのであろうか? 遺伝子を操作することは、その安全面だけでなく倫理面でも様々な問題を抱えているといえよう。

出典:https://www.newscientist.com
(TechinsightJapan編集部 A.C.)

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