エンタがビタミン

writer : maki

【エンタがビタミン♪】有吉弘行が“猿岩石”の苦い思い出明かす。「顔を真っ赤にして歌った“My Revolution”」

有吉弘行が自身の冠番組でお笑いコンビ・猿岩石時代の歌手活動を振り返った。彼らは10枚目のシングルで渡辺美里の“My Revolution”をカバーしたが大ヒット曲だけに気恥ずかしさから「顔を真っ赤にして歌っていた」という。しかもその件で芸人仲間のビビる大木から苦情をいわれる羽目になった。

猿岩石といえば1996年にテレビ番組『進め!電波少年』のヒッチハイク企画で香港からイギリス・ロンドンまで旅をして大人気となったお笑いコンビだ。有吉弘行と森脇和成はアイドル的な存在となり帰国後に出したデビューシングル『白い雲のように』はミリオンセラーとなった。1997年には同曲で第39回日本レコード大賞・新人賞を受賞している。

その後もCDを出して活動するが猿岩石は2004年に解散する。「地獄から這い上がってきた男」として再ブレイクした有吉弘行も今では貫禄さえ漂う売れっ子芸人だ。10月23日の『マツコ&有吉の怒り新党』では有吉が珍しく猿岩石時代のエピソードを語った。

猿岩石のヒット曲『白い雲のように』を歌手の安藤裕子が歌って炭酸飲料のCMに起用されているが、その件について有吉は「カバーされてうれしかったね」と照れ笑いしていた。彼も猿岩石時代に渡辺美里の『My Revolution』をカバーした経験があるのだ。

渡辺美里が1986年1月に『My Revolution』をリリースすると、オリコンシングルチャート第1位を獲得する大ヒットとなり、その後も彼女の代表曲として歌われている。猿岩石が10枚目のシングルとして同曲をカバーしたのは1999年1月1日だった。オリコンチャートも71位にとどまり、すでに下り坂だった彼らにとって最後のシングルとなる。

有吉弘行は「俺らも顔を赤くしながら歌っていた」と当時を思い出して、やはり『My Revolution』という大ヒット曲をカバーするのは難しいと語っている。彼とほぼ同期のタレント・ビビる大木からは「おまえが歌うな!」と苦情を言われる始末で、カリスマ性のある楽曲のカバーはファンから批判を受ける恐れもあるのだ。

この日の、視聴者からの問題提起は「新人がいきなりカバー曲でデビューするのはいかがなものか」という内容だった。マツコ・デラックスは『川の流れのように』のような楽曲だと違和感を感じるが、そうでなければ問題ないという。「最近もカバー曲が多いけれど、これといっておかしいと感じたものは無い」と答えていた。

ちなみに、最近ではテレビ番組『のどじまん ザ!ワールド』をきっかけにプロデビューしたクリス・ハートが『home』 (原曲は木山裕策)でデビュー。タレントのJOYはソロとして初となる『あの紙ヒコーキくもり空わって』(原曲は19)で配信デビューしている。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)