エンタがビタミン

writer : testjournalist

【エンタがビタミン♪】有吉、激白。猿岩石時代、「車に飛込み旅終わらそうと思った。」

 4月16日放送のアナザースカイに有吉弘行が登場した。毒舌芸人として二度目のブレイクを果たした有吉が第二の故郷として挙げたのはインドだった。「進め!電波少年」時代の壮絶な体験をまじえながら、インド、デリー・バラナシの最後の旅を敢行した。

14年前「進め!電波少年」のヒッチハイクの旅で一世を風靡した猿岩石。番組の冒頭で有吉はVTRと共に当時の心境を語った。ヒッチハイクの旅は現在では考えられないような苛酷な番組だった。食うや食わずやの生活で、月に13キロも体重が減ることもあり「死んだほうがマシ」だったと振り返る。相方と「ジャンケンで負けた方が車に飛び込み、事故で旅を終わりにしよう」と話しあったこともあった。また当時のプロデューサーは日本での猿岩石人気を「お前たちのコーナーで視聴率が落ちる」と言って当人たちには一切伝えないようにしていた。有吉の人間に対する不信感はこの辺りから培われたらしい。

そんな彼がヒッチハイクの旅で巡った18カ国の中で最も印象深い国としたのがインドだった。インドの熱気を受け止めるのが辛くなってきたという有吉はインドを訪れるのはこれで最後にするため、やり残したことを全うする旅に出かけた。やり残したことは4つ。ひとつは働いていたカーペット工場のカーペットを自腹で買うこと。ふたつめはガンジス川で沐浴すること、三つめはアーユルヴェーダを受けること、四つめは屋台での食べ歩きだった。どれもささやかなことだが電波少年時代にはお金がなくできなかったという。

インドは自分にとってどんな場所か訊ねられた有吉は「自分を確認できる場所」と答えた。「汚い飯」が食べられるか、「汚い川」に入れるか確かめることで初心に戻ることができる。インドでの経験は有吉に「耐える力」を与え「プライドを捨てる」ことを教えた。

もちろん、毒舌も忘れていなかった。モデルのLIZAの「インドに行って人生観が変わる人もいますよね」という発言に、そういう奴は日本でも大した人生を送ってない、と答え、今田耕司に電波少年スタッフに感謝をしなければならないのではないか?と問われても無言を貫いた。

(TechinsightJapan編集部 KAZUKI)