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writer : maki

【エンタがビタミン♪】「アキモ、アキモーっ」。たかみなも驚いたおニャン子時代の秋元康の呼び名。

元おニャン子クラブの工藤静香がテレビ番組『新堂本兄弟』に出演した。番組レギュラーのAKB48・高橋みなみにとっては秋元康プロデュースのアイドルグループとして大先輩にあたる。めったにないチャンスだけに、たかみなは緊張しながらも工藤に思い切った質問を投げかけた。

AKB48の総合プロデューサーとして知られる秋元康は、1985年におニャン子クラブの結成にも関わっている。普通の女の子をアイドルグループにする彼の発想が、その後のモーニング娘。につながりAKB48が誕生するのだ。

そのおニャン子クラブの人気メンバーだった工藤静香が、10月14日の『新堂本兄弟』に登場した。同番組には何度か出演したことがある工藤だが、レギュラーとなったAKB48のたかみなこと高橋みなみとは初共演となる。

たかみながそんな大先輩に「幸せとは?」と質問したところ、「自分自身より大事だなと思える人がいること」という工藤の答えに感激していた。彼女の場合はやはり夫や子どもということになるだろうが、「結婚に限らず、そう思える人がいると力になりませんか?」と独身でも同じことがいえると説明した。

それに対してたかみなは「恋愛禁止なんですがどうしたらいいですか?」と“AKB48の鉄の掟”に触れると、工藤は「タバコとかお酒とかは禁止だったけど…」とおニャン子時代を振り返り「あれ? 恋愛はいわれたのかな?」と首をかしげた。彼女は当時に恋愛していたメンバーはいたと証言しており、恋愛についてはそれほど厳しくなかったようだ。

さらに「秋元さんに怒られたことは?」と尋ねたところ、工藤は「1回もない…というかかまってもらえなかった」という。彼女が「年齢が近いから怒られるという感じがない」と話すと、レギュラー陣から「怒られても耳を素通りしてたんじゃないの」と突っ込まれていた。

そもそも工藤静香だけでなく、その頃のおニャン子メンバーは秋元康を「アッキー」、「アキモ」と呼んでいたそうだ。「今は秋元先生だけど、当時は若かったので『アキモー、アキモーっ』という感じだった」と工藤は明かす。おニャン子クラブに工藤が加入したのは1986年なので、彼女が16歳で秋元は28歳の頃だ。年齢は12歳離れているが、彼女たちから見ると「アキモ」というイメージだったのだろう。

その秋元康も、今ではAKB48の生みの親として日本だけでなく世界から注目されている。そんな彼が、AKB48の中で唯一怒ったことがないのが高橋みなみだそうだ。「私も『アキモっ、次のLIVEどうする?』って言ってみようかな」と企むたかみなに、堂本剛が「そしたら初めて怒られるな」と断言していた。

総監督になった高橋みなみはやはりそれを許されそうに無い。もしも秋元康を「アキモ」と呼ぶメンバーがいるとしたら小嶋陽菜か峯岸みなみ、あるいは指原莉乃あたりになるだろうか。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)