ミュージシャン・大滝詠一さんの訃報に歌手の金沢明子がブログでメッセージを伝えている。彼女は大滝さんがプロデュースした『イエロー・サブマリン音頭』を歌い、民謡歌手から一躍人気歌手となった。
大滝詠一さんがバンド『はっぴいえんど』の活動と並行して1972年に作り上げたアルバム『大瀧詠一』のラストチューンは「いかすぜ! この恋」というエルヴィス・プレスリーをフィーチャーしたものだ。彼は小学校時代からアメリカンポップスを愛し、中学時代にエルヴィスやビーチ・ボーイズなどを聴いていた。
そして高校時代にビートルズと出会ってからは、リバプールサウンドを聴きまくったという。多くのミュージシャンがそうであるように、彼もまたビートルズを避けて通れなかった。
一方で“音頭好き”でもある大滝さんは「ナイアガラ音頭」や「クリスマス音頭」など数々の“音頭”曲を作っており、1982年にその『イエロー・サブマリン音頭』を発表している。
ビートルズが1966年にリリースした13枚目のシングル曲『イエロー・サブマリン』は、当時メンバー中でも人気があったリンゴ・スターが歌ったユーモラスな楽曲だ。大滝さんはそれを日本語でカバーして、大胆なアレンジを施して見事な“音頭”としたのである。
当時はビートルズの楽曲を音頭にアレンジしたことで一部から批判もあったが、意外にもビートルズの遊び心を理解するファンほど彼の才能を称賛したものだ。ポール・マッカートニーも日本語カバーでアレンジされたその曲を聴いて許可している。やがて、金沢明子が民謡で鍛えた歌唱力で歌い上げた『イエロー・サブマリン音頭』は広く世間から愛されることとなった。
大滝さんの訃報が流れた2013年12月31日。彼女は『金沢明子オフィシャルブログ「お元気ですか?」』で、「大滝詠一さん、安らかに」と題してコメントしている。
「突然の訃報に驚くばかりです」と心境を伝えた彼女は、『イエロー・サブマリン音頭』について「こんなに素晴らしい作品を歌わせて頂く私はとても幸せ者です」と30年以上歌い続けてきた日々を振り返る。
カセットテープからレコード、そしてCDアルバムまで彼女の数々の作品に『イエロー・サブマリン音頭』は収録されているのだ。
彼女は「あのビートルズの名曲をここまで素敵な音頭に作り上げ、プロデュースして下さったことに心から感謝しています」、「この歌があって、私の歌手活動に拍車がかかったことは間違いありません。イエロー・サブマリン音頭が私の人生を変えてくれました」という。
当時から金沢明子は、実力派民謡歌手としてその世界では知られる存在だった。その彼女が『イエロー・サブマリン音頭』と出会ったのは運命的でもあった。「当時と同じ気持ちでいつも歌っています。そして忘れもしません、大滝詠一さんに初めてお目にかかった時のあのドキドキ感…」とその瞬間を覚えているのだ。
彼女はそんな日々を思いながら「心からご冥福をお祈りします。大滝詠一さん、どうもありがとうございました」と感謝の言葉を記している。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)