エンタがビタミン

writer : miyabi

【エンタがビタミン♪】嵐・櫻井翔が語る、父親との“長期間の確執”と“自分を認めてくれた瞬間”。

人気アイドルグループ・嵐の櫻井翔(31)は当初両親からも祖父母からも、芸能界で活動することを反対されていた。特に父親との確執は、10年間にも及んだのだ。

5月23日放送の『とくダネ!』(フジテレビ系)の“エンタ☆ビュー”のコーナーで櫻井は、ジャニーズ入りを長く認めてくれなかった父との葛藤の歴史を語った。

軽い気持ちで自らジャニーズ事務所に履歴書を送った櫻井だったが、自宅に郵送されたオーディション案内の書類を目にした父親の反応は、予想以上に厳しいものだった。

「なんだこれ! 聞いていないぞ!」と怒りは大変なものだったという。芸能界とは無縁の厳格な家庭で、有名私立の幼稚舎から通わせた息子の将来像とはかけ離れたものだったのだろう。

ジャニーズJr.として活動しながら、櫻井は学業にも手を抜かなかった。しかし祖父母の家に顔を出せば、「いつ辞めるんだ?」とばかり問われる。両親も芸能界で活動することを、心から応援している状態ではない。幼い頃から愛情を注いでくれた親族の反対には、“自分は高校生ぐらいで、ジャニーズJr.の活動は辞めることになるのかな”と弱気になることもあったそうだ。

1999年に嵐のメンバーとしてCDデビューを果たし、人気者になっても父親は嵐のコンサートに一度も足を運んではくれなかったという。時は流れ2006年1月に櫻井は、初のソロコンサートを開催することとなった。

ソロコンサートが週末に迫ったある日、櫻井はたまたま自宅のリビングで父親と2人だけになった。「週末に独りでコンサートやるから、来てくれないか?」と、初めて誘ってみたそうだ。「じゃあ、行ってみるか」。この時のリビングの光景を、櫻井は鮮明に覚えているという。1995年にジャニーズ事務所入りしてから約10年、やっと父親から“芸能界を選んだ、櫻井翔”を認めてもらえたと、実感できた瞬間だったのだろうか。それ以来父親は、コンサートにも頻繁に来てくれるようになったそうだ。

このインタビューでは質問に対する答えが櫻井から出てくるまで、長い時間を要する場面が多々あったという。それは答えはすぐ出ているのだが、どう言ったら伝わるのか、その答えを視聴者がどう捉えるのか―表現の仕方を考え、言葉を選んでいるためだという。自分の人生を「あまりにもリスクが大きい、博打みたいな人生」として、決して人には薦めたくないと語った。将来は孫や子ども、奥さんに囲まれた落ち着いた老後を送りたいと望んでいるという櫻井。もし将来、我が子が芸能界入りを望んだら、櫻井はどうするのだろうか。
(TechinsightJapan編集部 みやび)