たけし軍団メンバーの玉袋筋太郎(浅草キッド)がテレビ「HEY!HEY!HEY!」に出演した時のことだ。光GENJIが活動していた頃にビートたけしに急接近していたメンバーがいたことを明かした。
2月22日に放送された「HEY!HEY!HEY!」では1992年のヒット曲について特集を組んだ。その中でジャニーズの人気グループ光GENJIも紹介されたのだ。光GENJIといえば、今のSMAPや嵐の大先輩だがその人気も凄かったのだ。先日、別番組の「ミュージックステーション」では過去最も多く登場したミュージシャンが光GENJIだとされていた。彼らの活動した時期は1987年から1994年なので7年間でそれだけ登場したことになる。ローラースケートを履いて歌い踊るスタイルは今も憧れの的だ。お笑い界では、世界のナベアツがスケートを竹馬に代えた「紫SHIKIBU」を結成したり、ヘキサゴンユニットの「南明奈のスーパーマイルドセブン」では本格的にローラーブレードを使用している。
当時それほど人気のあった光GENJIのメンバーが、ビートたけしとかなり親密だったことが分かった。たけし軍団の玉袋筋太郎が次のように証言した。
「師匠の楽屋に行くと、誰かが寝転がってテレビを見てるんですよ!」
「師匠の部屋で『そんなでかい態度できる奴って誰かな?』と思って見たら諸星くんだった」
と言うのである。
光GENJIの諸星和己がたけしの部屋でくつろいでいたのだ。玉袋筋太郎はここではビートたけしを『師匠』としているが『殿』と呼ぶことも多い。軍団メンバーにとっては絶対的な立場なのである。
玉袋筋太郎は
「これは、諸星くん、たけし軍団に入るかもしれない!」
と直感したのだ。
そこで彼はビートたけしに提案した。
「もし諸星くんが軍団に入るならば芸名は『モロダシくん』でいきましょう」と。
『殿』がこの提案に何と返事したかは定かではないが、実現はしなかったわけである。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)