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【エンタがビタミン♪】「武田鉄矢に泣かされた」。『音楽のちから』の“母に捧げるバラード”に反響。

2013年07月06日 19:45 by 真紀和泉

7月6日の朝から生放送されている日本テレビの特別番組『音楽のちから』で、海援隊が懐かしのヒット曲「母に捧げるバラード」を披露した。ボーカルの武田鉄矢が、「“ヨイトマケの唄”をヒントにした」という楽曲誕生秘話を明かしたことも話題になった。彼らがその「母に捧げるバラード」を披露すると、ヒットした当時を懐かしむ年配の方々や初めて耳にしたという若者まで様々な世代がツイッターで「感動した」、「号泣した」とつぶやく反響となっている。

ボーカルの武田鉄矢とギターの中牟田俊男と千葉和臣の3人からなるフォークグループ・海援隊が「母に捧げるバラード」を出したのは1973年のことだ。語るように歌う武田のスタイルと博多弁を用いた歌詞がウケて大ヒットしたが、当時は武田自身が若かったこともありコミカルな印象もあった。同曲はそれからも歌い続けられてきたが、母親のイクさんが亡くなり歌に込められる思いも変化してきた。血気盛んだった武田も“金八先生”として活躍して、今では60歳を超える年齢だ。

日本テレビ開局60年特別番組『THE MUSIC DAY 音楽のちから』で昼過ぎに海援隊が登場すると、「母に捧げるバラード」を演奏した。武田は以前ある番組で美輪明宏が話した「母に捧げるバラードは“ヨイトマケの唄”を模倣して作った」という裏話を改めて明かしている。彼もそこのところはハッキリ伝えておきたかったのだろう。

「母に捧げるバラード」はタバコ屋の息子として育った武田鉄矢の子ども時代から大学生時代、そして歌手を目指して上京するまでを見守ってきた母親の姿を歌ったものだ。以前は中学生でタバコを吸い過ぎて歯の裏が真っ黒になったという内容もあったが、最近は聞かれない。他にも時代とともに歌詞の内容は変化している。

この日、幕張メッセのステージから海援隊が届けた「母に捧げるバラード」の内容にも視聴者の大きな反響があった。ツイッターでは歌詞にある「人を指差すやつは良く見てみろ、“2本は相手を指しても、3本は自分ば指しとる”」というフレーズに「納得してしまった。海援隊の歌詞は深いな」と共感するつぶやきが複数あった。

「本当にええ曲! “ヨイトマケの唄”の模倣とか言ってたけど、それでもいい曲に変わりない!!」と内容に共感するつぶやきが多く、「仕事中フライパン片手に泣きそうになった」、「母に捧げるバラード泣いた。やっぱ音楽ってすごい!」と、感動のあまり涙したというものが相次いでいる。

ちょうどその時間帯は「神田川」~「母に捧げるバラード」~「なごり雪」と昭和に流行ったフォークソングの名曲が続いたことで、懐かしむ世代もいれば、「名曲ばかり。生まれる前の曲いいなあ」というつぶやきもあってリアルタイムではない世代の心にも響いたようだ。

また、同曲の歌詞に「鉄矢、働いて働いて働きぬいて、休みたいとか遊びたいとか、そんなこといっぺんでも思うてみろ。そん時は死ね…それが男ぞ、それが人間ぞ」という一節があるが、それについては賛否があるようだ。歌詞に対して「頑張ります」といった反応がある一方で、「(これが)良い曲って言う人がこの世からいなくならない限り自殺者は増え続ける」、「“1日も休まないレベルの激務で、疲れたと思ったら自殺しろ”とかいう社畜」と批判するつぶやきも見受けられた。時代背景も変わり、受け止め方もいろいろである。

他にも様々な意見がつぶやかれており、「母に捧げるバラード」が今の時代でも聴く者の琴線に触れることが分かる。他の歌手にもカバーして欲しいと期待するつぶやきもあったが、武田鉄矢以外がこの感動を再現できるかどうかは疑問だ。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)


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