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【異文化妊婦レポート in U.S.A】赤ちゃんのへその緒で難病治療に望みを~民間臍帯血バンクに注目集まる米国。

こんにちは。【イタすぎるセレブ達】ライター、アメリカ東海岸在住のブローン菜美です。現在妊娠9ヵ月、アメリカ人の夫と共に初めての妊娠生活を送っています。米国の妊娠・出産事情を「異文化ママ」の視点から少しずつレポートしていくコラム第7回は、アメリカの民間臍帯血バンクの最新事情についてお伝えします。

■臍帯血バンクって?
ある日、産科でもらった民間臍(さい)帯血バンク(Cord Blood Bank)のパンフレットが目に留まった私達夫婦。夫の家系に糖尿病やがんなどの遺伝病があること、私自身の父がパーキンソン病を患っていることなどもあり、以前から産まれ来る赤ちゃんの臍帯血を保存することに興味を持っていました。そこで複数の米民間バンクに資料を請求し検討することにしたのです。

臍帯血とは、妊娠中のママと赤ちゃんを結ぶへその緒の中の血液のこと。分娩時、へその緒が切られて5分以内に保存し、冷凍保存すればその中に存在する造血幹細胞(Stem Cell)を長期保存でき、白血病などの80種類を超える様々な難病の治療に役立てることができます。また幹細胞移植(Stem Cell Transplantation)の研究が進めば、失われた細胞の再生医療が将来可能になり、心臓疾患やパーキンソン病、せき髄損傷などへの治療にも道が拓かれることになります。しかしこれについては現在、科学的な安全性や倫理面についての議論が各国で進められていて、広範囲の臨床応用には至っていません。

難病に苦しむ第三者を助けるために、臍帯血を公的バンクに寄付することも出来、その場合の費用は無料です。一方で自分の赤ちゃんとそのきょうだい、家族のためだけに個人的に臍帯血を保存したい場合は、民間バンクに手数・保管料を支払って長期保存することになります。

日本では民間バンクそのものの数が限られており、個人的に臍帯血保存をする家族はまだまだ少ないようですが、アメリカでは25を超える民間バンクが企業としてサービスを提供しています。過去4~5年で利用者も急速に増え、バンク間の顧客獲得競争も熾烈になってきているようです。私達夫婦は3社に資料請求をし、最終的に創業30年で業界最大手の一つであるN社に決めました。

■民間バンクN社の施設を見学
N社はオフィスと臍帯血プロセス室、保管施設を一ヵ所に設けている珍しい民間バンクです。希望すれば施設ツアーが出来るとのこと、滅多にない機会ですから早速訪問してみることにしました。まずはプロセス室。壁が透明なガラス張りで中が見えるようになっており、クリーンルームの中では白衣の作業員達が保存処理をしているところでした。

ここには、毎日平均20人分もの赤ちゃんの臍帯血が運び込まれます。N社の顧客トレンドとしては、イタリア、クウェート、メキシコ、韓国など、米国外からの受け入れも増えていることが特徴とのことでした。国際便なら3日以内、米国内便なら1日以内にこのプロセス室に届けられ、500ミリリットルの臍帯血が入ったパウチから数百~千万以上の造血幹細胞が分離され保存されます。また希望者には、臍帯血と併せへその緒をいくつかのパーツに切り離し、保存を行います。

■冷凍して25年以上保存可能
次に訪れたのは保存室。入退室が厳重に管理されたガラス張りの巨大な部屋には、人間の大きさほどの銀色の大きなタンクが何列にもわたって並んでいます。タンクはステンレススチール製で、一つに付き5000人分のサンプルが入っているそうです。サンプルは急速に凍結され、マイナス196℃の液体窒素で満たされたタンクの中で、管理番号と名前のラベルが付けられて厳重に保管されます。N社がこれまでに保管しているのは、実に250万人分とのことでした。

サンプルは25年以上にわたって保存が可能で、耐火構造の保存室は24時間体制でオンライン監視が行われています。将来必要になった時には該当サンプルの確認を厳重に行った上で、冷凍のまま即座に世界中どこへでも送られます。実際見学に訪れた時にも、目の前でサンプルの取り出しや梱包が行われていました。

ツアーの最後には、契約者に渡される「臍帯血採取キット」(=写真)を受け取りました。分娩が始まった時にこのキットを忘れずに持参し、事前に産科医に臍帯血採取を行う旨を知らせておく必要があります。臍帯血採取の際に母親や赤ちゃんが痛みを感じることはなく、2~3分で簡単に終了します。あとは24時間対応のピックアップサービスに電話をすればいいだけ。極めて簡単な手続きで、一生続く我が子の安心が手に入るという訳です。

しかしながら、将来自分の子供が実際に臍帯血による治療可能な病気にかかる可能性は10~20万人に1人の確率であるというデータもあります。その際に臍帯血が実際に治療に役に立つ可能性は2500分の1に満たないとも、言われています。またせっかく保存した細胞が移植可能なクオリティや数を満たしていない、ということも将来起き得ることです。さらに再生医療の臨床応用に関しては、米国では政治がらみの議論が活発に行われており、FDA(米食品医薬品局)が許可を下ろさない限り、科学がいかに進もうともゴーサインが出ないのが現状です。

それを踏まえた上で、手数料に千~2千ドル(約8~16万円)ほど、年間保管料に100~200ドル(約8000~1万6000円)かかる民間臍帯血バンクの費用を安いと捉えるか高いと捉えるかは人それぞれ。私達の産科の医師達も、「正直、いかほど役に立つか今は全くわからないもの。やりたければやったら?」という意見が大半だったことを、最後に付け加えておきたいと思います。(つづく)
(TechinsightJapan編集部 ブローン菜美)