ジャズ入門版として筆頭に挙げられることすでに幾星霜。いわゆるジャズ通な人にとっては語り尽くされたのを通り越して「語るのが恥ずかしい」の域にまで達しているかもしれない大名盤がソニー・ロリンズの1956年の作品「サキソフォン・コロッサス」である。
しかし、名盤の誉れは所以なくしてのことではなく、世代を継いで語るに値する要素があるからこそ名盤なのである。
そこで、主役のロリンズではなくドラムのマックス・ローチとベースのダグ・ワトキンスに焦点を当てた聴き方を紹介してみたい。
まず、1924年生まれのドラマー、マックス・ローチはビ・バップ勃興の立役者の一人であるが、リーダー作において名盤と呼ばれる作品はあるものの、難解すぎるきらいがあり、決して愛聴されているとはいえない。
代表作として挙げられるのはトランペッター、クリフォード・ブラウンとのコンボであったり、バド・パウエルとの火花を散らすような名演「ウン・ポコ・ローコ」であったりする。
マックス・ローチの演奏は、複雑なポリリズムを難なく一人でこなしてしまうパーカッショニストのワザとして聴くべきであり、時として楽曲の自然な流れを壊してしまうこともあるが、うまく名人芸がキマったときの素晴らしさを味わえるのが、本作1曲目の名演「セント・トーマス」である。
改めてドラムの動きに注意して聴くと、普通ならもう一人の打楽器奏者を加えなければならないようなラテン風のリズムを、一人で叩きだしているのがよくわかる。
ドラムソロと2回目のロリンズソロの後に来る名手トミー・フラナガンのピアノソロで、控えに回りながら猛然とプッシュしたあと、テーマに戻ってふたたびラテンリズムを繰り出す、その変化の妙は素晴らしいの一言である。
話は変わって、モダンジャズを象徴する音楽性の一つが「ウォーキングベース」、そしてウォーキングベースといえば、この人を外せないぐらいに巧いのが、本作のベーシスト、ダグ・ワトキンスである。
ウォーキングと呼ばれるごとく、「歩いてくる感じ」を出せるベーシストとして、ダグ・ワトキンスこそは、名手と呼ぶにふさわしいプレイヤーである。
ハデなソロを繰り出すわけでもなく、ビートに変化を付けるわけでもない、重い音でズンズンと刻むベースサウンドは快楽そのものである。
その魅力は3曲目「ストロード・ロード」における、ロリンズのアドリブがスタートしたときに、ベースとテナーのデュオになる場面で聴くことができる。
ここでロリンズをどっしり支えるだけではなく、二人で猛然とグルーブするシーンは筆舌に尽くしがたい。
また、この二人のリズム隊が対照的な本領を発揮するのは、一般には「捨て曲」と見なされている、ラストナンバーの「ブルー・セヴン」である。
おそらく、緩い打ち合わせだけで自由に演奏した即興曲と思われるが、各自自由に演奏している中で、他のメンバーが何をやろうとも黙々と重いウォーキングベースを弾いているワトキンスの寡黙さが面白い。
また、ローチのよく言えば知性的、悪く言えば不自然なドラムソロも、この曲のフリーな雰囲気に似合っている。
それと同時に、サキソフォン・コロッサスのセッションがかなり絶妙なバランスの上で名演になっていることがわかる。
もともと自由奔放型のロリンズに、堅実サポートのダグ・ワトキンスと脇役で光るトミー・フラナガン、そして知性と超絶技巧のマックス・ローチという四つの個性が一つのセッションに結実した名盤と言える。
なお、リーダーであるソニー・ロリンズの素晴らしさは言うまでもないことだが、この時代のロリンズはどのセッションも秀でており、ロリンズの数ある名演の中の1枚と呼ぶべきであろう。
(収録曲)
1. セント・トーマス
2. ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ
3. ストロード・ロード
4. モリタート
5. ブルー・セヴン
(TechinsightJapan編集部 真田裕一)