録音された音楽には、音楽そのものの空気だけではなく、録音された時代の空気や場所の空気までもパッケージングされている。
たとえ、その時代や場所を知らなくても、音楽を聴くことで、いつでもその空気を蘇らせることができる。
ここに1970年新宿アンダーグラウンドの空気をそのまま表現した有名作がようやく紙ジャケ再発される。まもなく逝去から1年を迎える浅川マキのファーストアルバム「浅川マキの世界」である。
浅川マキは、日本の代表的なブルースシンガーであるが、正確には「日本のアンダーグラウンド・ブルース」の一流の表現者であった。
デビュー作である本作「浅川マキの世界」の1曲目に収録された「夜が明けたら」で、独り言のようなつぶやきを連ねながら、ブルージーな歌に入っていくその語り口が、唯一無二な彼女のダークな世界を描いている。
このアルバムを特徴的にしているのは、曲間に挿入されたコラージュ音である。浅川マキのインタビューや子どもの声、街頭のざわめきなどが、空虚な混乱や不安として表現されている。
和暦で言うと、昭和40年代は国際的にはベトナム戦争と東西冷戦、そして中国の文革があり、国内的には学生運動の真っ直中という、極めて混乱した時代であった。
また、音楽、映画、演劇などが若者の共通言語として存在していた時代、そうした時代との緊張感の中で生み出された浅川マキの世界は、古典として聴いておくべき歴史のひとつといえるだろう。
アルバム前半は、スタジオ録音で後半はライブ録音となっており、それぞれ別の空気を運んでくる。
日本のシャンソン歌手から好まれている「ふしあわせという名の猫」をはじめとして、「淋しさには名前がない」「前科者のクリスマス」などに表現される疲労感と虚脱感は、筆舌に尽くしがたい。
大人になることの悲しみを、モノクロームな風景の中に浮かぶ赤い橋という鮮烈なイメージで描いた「赤い橋」も名曲である。
後半のライブ録音は、ブルースやシャンソンの名曲を織り交ぜつつ、新宿アンダーグラウンドの世界がそのままパッケージングされている。
本作は、長らく入手困難な時代が続き、90年代に入って限定版ボックスセットでオリジナルアルバムが発売されたが、それもまもなく廃盤になったところへ、浅川マキの急逝により、リイシューされてふたたび入手できるようになった。
浅川マキを聴いてみたい人がいたら、まずはこの1枚からである。
(収録曲)
1. 夜が明けたら
2. ふしあわせという名の猫
3. 淋しさに名前がない
4. ちっちゃな時から
5. 前科者のクリスマス
6. 赤い橋
7. かもめ
8. 時には母のない子のように
9. 雪が降る
10. 愛さないの 愛せないの
11. 13日の金曜日のブルース
12. 山河ありき
(TechinsightJapan編集部 真田裕一)