writer : techinsight

【名画クロニクル】昭和40年代を描く難しさ 「光の雨」と「僕たちの好きだった革命」

常にセピア色の理想郷のように描かれる昭和30年代は、「三丁目の夕日」のようなノスタルジック映画や当時の映像資料などでいくらでも堪能することができるのに対して、昭和40年代を描いた映画は少ない。
いったいどんな時代だったのか。少しずつ描写していこうとする試みがなされている。
今回は、昭和47年(1972年)の浅間山荘事件を扱った高橋伴明監督の2001年作品「光の雨」と、現代にタイムスリップした活動家高校生との交流を描いた鴻上尚史原作による舞台演劇「僕たちの好きだった革命」(DVD化)を紹介したい。

昭和40年代には、明るいニュースも無かったわけではないが、世相全般を回顧すれば極めて陰惨で重苦しい事件のほうが多く、なかなかドラマにしにくいのが現状であろう。

その時代を生きた当事者たちが、語り継いでいこうという気があまりなく、どちらかといえば、世代もろとも封印していこうとする傾向があるので、なかなか作品として結実しにくい。

しかし、いわゆる団塊世代がリタイアするにつれて、きちんと「歴史」として残そうという機運も出てきており、これからの表現課題のひとつとも言えるだろう。

まず紹介するのは、昭和47年の浅間山荘事件の現場、山岳ベースでの酸鼻を極めるリンチ事件を描いた、「光の雨」である。

ただし、直球で表現するにはさすがに躊躇されたようで、立松和平の同名小説「光の雨」を映画化しようとする人たちと、役者たちの劇中劇という形で表現されている。

そうしなければ、ただの猟奇映画に堕してしまうリスクがあっただろう。

しかし、劇中劇とは言っても、明るみに出た事実に焦点を当てて描かれており、ひとつのシーンの撮影(という劇中劇)が終わる都度、若い役者たちが「わからない」「何を考えていたんだろう」と訝しがるシーンが挿入される。

本作で、事実上の主役である上杉和枝役(モデルは実事件の永田被告)を演じきったのは、裕木奈江である。

90年代に出演した映画やドラマの役どころのせいで「人の彼氏を盗る女」のイメージがつきまとってしまった裕木奈江は、ここでは冷酷な女闘士を演じることで、かつてのイメージの払拭に努めているようだ。

もうひとつ紹介する作品は、舞台演劇のDVD作品、鴻上尚史原作による「僕たちの好きだった革命」である。

これは1969年(昭和44年)の学生運動における機動隊との衝突によって意識を失った高校生(中村雅俊)がそのまま病院で30年を過ごし、1999年に突然意識が蘇るという設定で物語は始まる。

そして本人の希望で昔の高校に再入学するのだが、ホームルームの時間にいきなりアジ演説を始めたり、クラス討論を提案したりするものだから、同級生がドン引きしてしまう。

しかし、文化祭の開催を巡って、教師と生徒の間で衝突が起きるのに便乗して、得意のアジ演説を披露し、いつしか30年の時空を超えて意気投合してしまう。

コメディを交えながら進行するので、「光の雨」のような切迫感はない代わりに、舞台俳優ならではの台詞回しでテンポよくストーリーは展開する。

結末は原作またはDVDをご覧いただきたいが、いろいろと考えさせられる舞台劇である。

いわゆる学生運動世代は、運動リタイアと同時に、捨てなくても良いものまで捨ててしまったのではないか。

あるいは、学生運動世代の反逆や抗議と、今の若者たちの社会貢献志向は、一見、正反対の行動に見えるが、実はどちらも「社会を良くしたい」という目的意識において、一致するものがあるのではないか。

昭和40年代は、少し前までセピア色で語るにはあまりにも記憶が生々しく、誇張や脚色も許されないムードがあったが、ごく近年になって少しずつ映画や演劇のテーマとして取り上げられるようになってきた。

今後の資料整理と優れた作品制作が期待される分野である。
(TechinsightJapan編集部 真田裕一)