writer : techinsight

【名盤クロニクル】場末感と前衛が同居する孤高の世界 セロニアス・モンク「セロニアス・ヒムセルフ」

(ジャンル:ジャズ)

セロニアス・モンクは単にジャズ・ピアノの世界だけではなく、ジャズ全体ひいては西欧音楽全体の歴史を見ても、100年に一人いるかどうかという、極めてユニークな存在である。
枯木やススキに幽玄の美を感じることのできる日本人とは異なり、西欧音楽史上、ヨタった感覚、壊れた感覚そして疲れた感覚をアートに昇華できたのは、モンクのほかには、およそ見あたらない。
そんなセロニアス・モンクの魅力が十分堪能できるのが、ソロピアノの世界である。今回はそのソロピアノの代表作「セロニアス・ヒムセルフ」を紹介する。

初めてモンクの録音を聴く人は、「小学生がピアノで遊んでる?」「バイエル以下?」といった印象を持つことが多い。流麗さや優雅さとは対極にある演奏スタイルなのだ。

しかし、何度か繰り返して聴くうちに、閉店後の疲れた夜明けのジャズクラブからフラフラと街へ出るかのような場末感を醸す和声や、決して熱狂や陶酔には至らない、冷めた知性のあるリズム感が忘れられなくなる。

そのモンクの個性が十二分に発揮されるのが、ソロピアノの世界である。

ピアノ・トリオや、ホーン入りカルテットも十分魅力があるが、リズム隊が比較的普通にビートを刻んでいるので、モンクの独特なタイム感覚が十分に伝わらない。

ピアノソロでモンクのピアノをよく聴きこんでみれば、常人ではあり得ないタイミングで入る左手の伴奏和音、コンマ数秒単位でズレているメロディ、そして独特の「間」を生かした演奏のおもしろさが少しずつわかってくる。

モンクのレパートリーは、モンクの筆によるオリジナルと古いスタンダードナンバーであるが、オリジナル曲自体も、後年のスタンダードとなり、多彩な発展を見せることになる。

オリジナル曲のほうがモンクの個性が強く出ているが、一方でスタンダードナンバーの解体的な演奏も捨てがたい。本アルバムにはその両方がバランス良く収録されている。

なお、モンクを語る際に必ず引き合いに出される「伝説」として、マイルス・デイヴィスとの共演による、1954年の通称「クリスマス・ケンカ・セッション」がある。(マイルス・デイヴィス名義の「バグス・グルーヴ」及び「アンド・モダン・ジャズ・ジャイアンツ」に分散収録)

マイルス・デイヴィスが、モンクに向かって「自分のバックでピアノを弾くな」と指示したので、モンクが怒って演奏放棄したというのが、その伝説であるが、本当にケンカしていたかどうかの真相は不明である。

ただ、マイルス・デイヴィスもセロニアス・モンクも、音の出ていない空白=「間」を生かした演奏を得意とするにもかかわらず、両者の「間の取り方」が全く違っており、「芸風」として合わないことは確かである。

それでもリリースされたのであるから、ハプニングが音楽的に奏功した希有な例として、愛聴されている。

浮かれたクリスマスの嫌いな骨太ジャズマニアは、このクリスマスセッション2枚と「セロニアス・ヒムセルフ」を聴いて、ちょっとユニークな聖夜を過ごしてみるのもよいのではないだろうか。

(収録曲)
1. パリの四月
2. ゴースト・オブ・ア・チャンス
3. ファンクショナル
4. センチになって
5. アイ・シュッド・ケア
6. ラウンド・ミッドナイト
7. オール・アローン
8. モンクス・ムード
9. ラウンド・ミッドナイト(イン・プログレス)(ボーナス・トラック)
(TechinsightJapan編集部 真田裕一)