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(ジャンル:クラシック)
現在、日本で3時間近い上演時間のクラシック公演を開催して確実に集客が見込める作品が3つある。
ヴェルディの歌劇「アイーダ」、チャイコフスキーのバレエ「白鳥の湖」そして、バッハの「マタイ受難曲」である。
マタイ受難曲については、日本人には苦手なはずの宗教音楽でありながら、無謀にもクラシック音楽最高の傑作を決める投票をすると、必ず上位にランクインする名作である。
多くの録音があるが、今回はグスタフ・レオンハルト指揮による録音を紹介する。
70年代から盛んになってきた、古楽スタイルの演奏は、バロック時代に使われていた楽器や奏法を復刻するもので、楽器編成も歴史的考察によるバロック当時のものに合わせて、全体的に小規模化していった。
それによって、音楽の感動の「質」がどのように変化するかという非常に難しい課題があった。数多くの古楽スタイル演奏が行われたが、単なる歴史的な考察を超えるものではなかったり、古楽器の変わった調べにとどまるものも多かった。
ところで、従来、マタイ受難曲の定番といえば、カール・リヒター指揮による1958年録音のものが有名であった。これは古楽スタイルではなく、ドラマ性と宗教性が見事に調和した素晴らしい名盤である。
一方、レオンハルト指揮ラ・プティット・バンドの演奏するマタイ受難曲は、決して学究的にならず、奇異な調べを強調せず、音楽の持つ感動を過剰なドラマ演出によらずに表現しきった演奏で、古楽スタイルの素晴らしさが際立っている。
レオンハルト盤のもうひとつの特徴は、合唱およびソリストに全て男声を使っていることである。本来女声が歌うべきパートは少年合唱、カウンターテナーおよびボーイソプラノを使っている。
マタイ受難曲のような宗教音楽においては、女声の持つ特有の「色」が神聖さを損なってしまうことがある。
しかし、実際の演奏上、この作品を演奏できる少年合唱団を調達することは難しいため、非常に貴重な録音となっている。
聖書という書物や後年の宗教画でしかイメージすることができない、キリスト受難の物語が眼前に広がるような素晴らしい演奏である。
マタイ受難曲という作品については、テキストの意味を全く知らずに聴いても人を感動させるだけのパワーを持っているが、できるならば歌詞の内容や神学的な意味についても理解しながら聴いた方がより大きな感動につながる。
解説書や研究書はたくさんあるものの、音楽家サイドが書いたものは音楽の分析に終始し、神学サイドが書いたものは、もとになっている聖書箇所の講解に終始しているのが現状で、日本人がこの作品の神髄にせまるべき適切な入門書が無いのが惜しまれるところだ。
まずは、虚心に音だけを聴くには最良の録音としてレオンハルト盤を推奨しておきたい。
(TechinsightJapan編集部 真田裕一)