writer : techinsight

【3分でわかる】ポーの一族

 萩尾作品では「トーマの心臓」に並び評価の高い「ポーの一族」。トーマの心臓がお気に召したなら、こちらもぜひおすすめしたい。

 バラが咲き乱れる「ポーの村」を後にし、「ポーツネル」一家はとある街へやって来た。体の弱い末子「メリーベル」の養生のためであったが、それは真実半分、虚構半分の名目。彼らポーの一族はバンパネラ(吸血鬼)であり、メリーベルのために“新しい血”を欲しているのだ。

 メリーベルの兄「エドガー」に白羽の矢を立てられたのは貿易商の子息「アラン・トワイライト」。有力者の子というだけで学校では他の少年を家来のように扱っているアランは、そんな様子を鼻で笑うエドガーに対し、反発しながらも友情を感じていった。

 一方、隠されたアランの孤独を知ったエドガーはますます彼を“仲間”にしたいと強く願うが、一族にとっては未成年を仲間に引き入れることは歓迎すべきことではない。エドガーが手をこまねいているうち、ポーツネル一家の秘密が露見した。

 家族を失ったエドガーと、すべてを捨てる決意をしたアラン。2人は永劫への旅立ちを始める。

 以上がエドガーの手によってアランがバンパネラになるまでを描いた副題「ポーの一族」である。続く「ポーの村」では、エドガーがまだメリーベルらと暮らしていた頃の村の様子が、偶然迷い込んできた「グレンスミス・ロングバード」の視点で語られる。「グレンスミスの日記」ではグレンスミスの娘「エリザベス」の一生を、「すきとおった銀の髪」では少年「チャールズ」のメリーベルへの初恋を描いている。ちなみにこれはフラワーコミックス1巻に掲載されている順番であり、発表順とは異なる。

 コミックス2巻以降も時系列は見事にばらばら。慣れるまでは読みづらいかもしれないが、まるで記憶の切れ端を集めるようなロマンティックな作業にいつしか喜びを感じるはずだ。伏線、と呼ぶにはあまりにも甘く儚い砂糖菓子のようなエピソードの欠片が随所にちりばめられており、一つ拾うごとにより深く作品に吸い込まれていく。

 エドガーとアランは少年の姿ゆえ、長く同じ場所にとどまることが許されない。人間に同化し、バンパネラであることを隠しながら暮らすために、ふたりは流浪する。その長さたるや、エドガーにおいてはおよそ230年。長い時を流れるように生き、時には偶然から、時には積極的に人間たちとかかわり、彼らの記憶に刻み込まれていく。

 不死のバンパネラと限りある命を持つ人間。互いが互いに憧れ、忌み嫌い、ロマンティックかつ残酷に邂逅する。そこに垣間見えるのは愛だ。

 人間が持つ、自分の手が届く範囲の者へ向ける愛。そしてエドガーらバンパネラの、仲間への愛と、人間への愛。エドガーはともに永遠を生きるはずだった家族を奪われ、新たに愛した者は消えゆく宿命。しかし凍りついた表情と裏腹に、心はいつでも愛に満ちていた。

 最近は漫画だけでなくフィクション全般で“泣ける”話が流行している。すべてとは言わないが、その多くは身近なモチーフで読者の共感を乱雑に集めるだけに終始。あげく、泣けるお話ですよという前提で簡単に涙を搾り取るものまである始末だ。早い話が、安っぽいのである。

 この作品はいわゆる泣ける話ではない。だが心地よい涙を約束しよう。あまりにも哀しく美しい物語の数々にはフィクションが本来持つ素晴らしさが凝縮されている。少女漫画特有のカタルシスに満ちており、まったく別の次元で読者の涙を誘うのだ。

 名作だけが持つ力は何年たっても衰えることがない。漫画の過去を知り、その上で未来を信じられるような、珠玉の作品である。
(TechinsightJapan編集部 三浦ヨーコ)