劇団「スタジオライフ」が4年ぶりに舞台「トーマの心臓」を公演中。原作は言わずと知れた少女漫画の巨頭、萩尾望都氏による同名漫画である。
復活祭の休日明け、ギムナジウム「シュロッターベッツ」はある噂でもちきりだった。中等科4年「トーマ・ヴェルナー」の事故死。直前にトーマの手で投函された手紙が高等部1年委員長の「ユリスモール・バイハン」(ユーリ)のもとへ届く。
『ユリスモールへ さいごに これがぼくの愛 これがぼくの心臓の音』、手紙の内容から、ユーリと同室の「オスカー・ライザー」の2人はトーマが事故死ではなく自殺だったと知る。
生前、トーマは友人の「アンテ・ローエ」と賭けをしていた。どちらがユーリを落とせるか――。しかしそのたくらみは露見し、ユーリに手ひどい扱いを受けていたのだ。自分への愛ゆえに自ら命を絶ったとも取れる遺書に、ユーリは心を乱される。
つとめていつもと変わらない日々を過ごすユーリだったが、その実、トーマの幻影に捉われていた。決着を付けるためにトーマの墓前で件の手紙を破り捨て、怒号を上げる。『きみなどに支配されやしない!』。直後、ユーリの前に現れたのはトーマそっくりの少年「エーリク・フリューリンク」であった。
シュロッターベッツに転入したエーリクは、自分を見て誰もがトーマの名を口にすることが気に入らない。特に自分にトーマの面影を見て殺意すら表すユーリには辟易していたが、共に暮らすうち、次第に心惹かれていった。
ギムナジウムを舞台とした少年たちの物語。主にユーリとエーリクの心の成長が描かれている。
ユーリは品行方正な優等生。常に真面目で規律を守り、友人らと羽目をはずすこともない。オスカーいわく、ユーリはある時を境に心を閉ざしてしまったのだという。頑なに誰も愛さないとくり返す黒い瞳には、一体何が映っているのか。
一方のエーリクは“ル・ベベ”(あかんぼう)と揶揄されるほどの天真爛漫な子供である。それでいながら鋭い観察眼を持ち、オスカー以外は誰も気づいていないユーリの心の壁を見抜いてしまった。自身の身に起こった不幸を乗り越えたエーリクは、ユーリへの愛を公言するようになる。
トーマからユーリへ、エーリクからユーリへ、その他の少年から少年へ向けられる愛は、きっと私がこれまでに抱いたことのない種類のものである。私には少年だった過去はない。少年愛を理解しようなど、土台無理なのだ。だからこそガラス細工のように美しく儚げなそれに心惹かれる。『性もなく正体もわからないなにか透明なものへ向かって投げだされる』彼らの愛に、未知への憧れが掻き立てられてしまう。
ギムナジウムというなじみのない世界で健やかに過ごす少年たち。週に一度の外出、家族への手紙、上級生のお茶会、甘美でどこか廃頽的な舞台装置は、少年たちの美しさを極限まで増幅させる。絵柄うんぬんではない。物語だけでもない。すべての要素が複雑に絡み合って、一切の不純物を遮断する完璧な美が紙面に再現されている。
おもしろい、ではなく、美しい、という形容詞がこれほど当てはまる漫画はそうないだろう。少女漫画を愛する者であると自称するのならば、絶対に読まなければならない作品である。
(TechinsightJapan編集部 三浦ヨーコ)