3月のダイヤ改正に伴い、500系をはじめ列車のラストランが相次いだ。同時に鉄道オタク、通称“テツ”のインモラルがマスコミで取り上げられる中、少々変わった漫画を紹介したい。「月館の殺人」、原作・綾辻行人氏、漫画・佐々木倫子氏のミステリ作品である。
沖縄に住む女子高生「雁ヶ谷空海(かりがやそらみ)」。女手一つで育ててくれた母が亡くなり、天涯孤独の身となっていた。そこへ弁護士から母と長らく絶縁状態だった父、空海にとっては祖父の存在を知らされる。空海は祖父に会うために北海道へ向かい、「稚瀬布(ちせっぷ)」発「月館」行の「幻夜」号に乗ることになった。
幻夜はかのオリエント急行の車両を使い、機関車はD51という豪華な寝台列車。空海と空海の祖父に招待された男たち6人だけを乗せ、20時40分、稚瀬布を出発した。同乗者はみなそれぞれが極度の鉄道オタク。電車にすら乗ったことのない空海にとって居心地はけっして良くはなかったが、今後のことをできるだけ前向きに考えようとしていた。そして起こった殺人事件。
原作を担当した綾辻氏は、日本を代表するミステリ作家である。1987年のデビュー作「十角館の殺人」は“新本格”と称され、社会派一辺倒だった日本のミステリ界に新風を吹き込んだ。
そして漫画は「動物のお医者さん」「チャンネルはそのまま!」などの佐々木氏。ギャグテイストの作品が多かった佐々木氏だが、この作品でも独特のユーモラスな描写は健在である。“作画”ではなく“漫画”とは実に言い得て妙だ。
それなのに、不思議と綾辻氏の世界にマッチしている。ネタバレ防止のため詳細は割愛するが、コミックス全2巻を通して綾辻作品を凝縮したようなカットが一つ存在する。これには鳥肌が立った。
綾辻氏といえば十角館に始まる“館シリーズ”が代表作であるが、実は一度コミカライズされている。正確には館シリーズをモチーフとしたゲームの漫画化だったと思うが(記憶が曖昧で申し訳ない)、これが実に残念な出来だった。当時から綾辻作品の熱烈なファンであった私は悔しさに身悶えしたものだ。
しかしこの作品は違う。二つの才能が融合し、一つの珠玉の漫画を作り出した。綾辻氏がちりばめた伏線を佐々木氏が巧みにカモフラージュし、読者を惑わす。ああ、まさかあれが、こうだったなんて!本当はこの場でなにもかもぶちまけて一コマ一コマ熱く語りたいほどである。
この作品はぜひ購入し、手元に置いて何度も何度も読み返してもらいたい。そのつど新しい発見があり、にやりとさせられることであろう。本格ミステリになじみがない人にとっては、その入り口となるかもしれない。
(TechinsightJapan編集部 三浦ヨーコ)