「マンガ大賞2010」ノミネート作品では唯一の短編集「虫と歌」。デビューしてまだ4年足らずである市川春子氏の、初の単行本である。
漫画の短編集は小説ほど市民権を得ていない。連載までに至らなかった読み切りをただ詰め込んだだけ、という印象を持っている人も多いだろう。そんな人にこそぜひ、この作品を読んでみてもらいたい。ただのオムニバス形式ではなく、収録された4作品が寄り添うことで一つの作品であるかのように仕上がっているのだ。掲載順に紹介しよう。
まずは「星の恋人」。叔父の家に世話になることになった少年が、自分の出生の秘密を知る。そして同族である叔父の娘に淡い恋心を抱くのだが……。不思議なせつなさがいっぱいに詰まったボーイ・ミーツ・ガールである。
『ひこうき おちたぞ』――。その言葉で目を覚ました「大輪未来」は事故のショックからか前後の記憶がなくなっていた。「ヴァイオライト」は、事故直後の未来が「天野すみれ」と過ごした刹那の時をファンタジックに描いている。
肩の故障で野球をやめた「日下雪輝」。古たんすから外れたネジあてが成長していることに気づき、見守るうちにいつしかかけがえのない存在になっていく。友人らを巻き込んだ不思議な生き物とのユーモラスな共同生活の末、静かな感動が待っている「日下兄弟」。
そして表題作の「虫と歌」。一つ屋根の下で暮らす3人の兄妹。兄の昆虫を妹が誤って逃がした夜、翅と触角を持つヒト型の生き物が現れる。彼を保護して共に暮らすようになり一家には新たな幸せが加わったかのように思えたが、平和な日常は少しずつほころび始めていた。
収録されている4作品は、どれもミステリアスなショートショートストーリー。完全なる大団円は一つとしてなく、どこか後味の悪さが残るあたりはまさに星新一作品のようである。
とりわけ印象的なのは「虫と歌」。あまりに残酷であまりに救いのないラストシーンには涙すら出ない。繊細でどこかロマンティックな絵柄までもがその冷たさを引き立てている。
かといって虫と歌が群を抜いておもしろいというのではない。4作品がよい拮抗を保ち、一冊で市川ワールドともいうべき一つの作品となり得ている。これが世にたった5作の短編しか出していない漫画家の作品というのだから、末恐ろしい。
商業的な面から考えれば、けっして流行の絵柄、物語ではないが、確実にニーズのあるラインである。絵柄で敬遠されそうだが、むしろ漫画好きの男性におすすめしたい作品だ。
(TechinsightJapan編集部 三浦ヨーコ)