writer : techinsight

【3分でわかる】アオイホノオ

 「マンガ大賞2010」にノミネートされた「アオイホノオ」。週刊ヤングサンデーの不定期連載に始まり、その後の廃刊騒ぎを経て現在はゲッサンで連載されている島本和彦の作品である。

 『漫画業界全体が甘くなってきている!』――。「大作家芸術大学」映像研究科に所属している一回生「焔燃(ほのおもゆる)」は漫画家になるか、アニメーターになるか決めかねていた。

 自分の絵が下手であることを自覚している焔は、『漫画より、アニメのほうが絵がうまい』という理由でひとまず漫画家を志すことに。さらに増刊少年サンデーに掲載された新人作家が週刊年サンデーに移行するというパターンを見つけ、それに乗ることにする。

 サンデーを読んではあだち充や高橋留美子に対し独りよがりの批評をし、アニメ「ブライガー」を下宿のテレビにかぶりつくように鑑賞。投稿用の作品を描くことはせず、それでいながら確実に自分は漫画家になれると信じて疑わなかった。

 最近流行りの漫画舞台裏ものかと思いきや、さにあらず。この作品は作者である島本和彦氏が自身の大学時代をモチーフとしたコメディである。夢ばかりふくらんで何もしない日々を送る焔の姿は、幅広い年代の共感を得るに違いない。

 作中の世界は、大作家が雑誌で幅を利かせることが減り、絵が下手でパロディ色の強い新人が多く出始めた1980年代初頭。焔は漫画界の甘さという理由のみで自分は今すぐにでもプロになれると思い込んでいる。時に打ちのめされることもあるが、立ち直りは驚くべき早さ。大きな夢を抱えている学生とは、いつの時代もこういった生き物であろう。

 しかし舞台は80年代。現在の学生からしたら考えられないことも多くある。アニメを見るにしてもブルーレイやDVDはまだ存在せず、当時の家庭用ビデオデッキは学生では手が出せない高級品。当然ようつべもニコ動もないため、見逃してしまったら一巻の終わりだ。

 また焔が憧れの女性をデートに誘うために所在を探して街を走り回る場面もある。今なら携帯電話ひとつでどうにでもなるというのに。

 そんな場面を読んで、あの時代はよかった、と安易なところに落ち着くのも悪くはないが、もう少し考えてみよう。どんなに便利なツールが増えても、学生、ひいては人間がそれほど大きく変貌することはないのである。

 自己を過信し、見当外れのことばかりしていた学生時代。イタい言動の数々を黒歴史として封じ込め、すまし顔で生きている社会人は少なくはないはずだ。そんな自分をあの頃の自分と比べて、好きですか?それとも嫌いですか?

 コミックスの表紙をめくるとまず「この物語はフィクションである。」の文字が目に飛び込んでくる。その濃度がどれほどかわからないが、この作品には島本氏の黒歴史が確かに綴られているのだ。黒歴史も悪くない、そんな風に思えるエネルギーに満ちた作品である。
(TechinsightJapan編集部 三浦ヨーコ)