アニメ、ゲームに続き実写映画化も決定した「君に届け」。別冊マーガレットで連載中の、今もっとも注目されている少女漫画作品の一つである。
「黒沼爽子(さわこ)」、真っ黒な長髪と青白い顔で“貞子”とあだ名される高校1年生。周囲からは霊感がある、目が合ったら不幸になるなどと恐れられていたが、本人はもっと打ち解けたいと願っており、みなの役に立てるよう損な役回りを率先して引き受けていた。
そんな爽子の姿勢に気づいていたのが「風早(かぜはや)翔太」。『黒沼って偉いよな』、明るくて爽やかで常に人が集まるクラスの人気者であり、憧れの存在だった風早の言葉をきっかけに、爽子の毎日が少しずつ変化し始めた。
一学期最後のイベント、肝試し大会。ひょんなことから二人きりになった爽子と風早はクラスメイトから邪推をされてしまう。なんとか誤解を解いた先に待っていたのは、風早の思わぬ言葉だった。『おれ 期待しちゃってもいいんだよね?』
いじめとまではいかないまでも常に周囲から避けられてきた少女の成長を描く青春ストーリー。恋と友情がぎっしり詰まった、宝石箱のような作品だ。
ストーリーの根幹をなしているのは、爽子と風早の恋の行方。風早は実は入学式の日から爽子が気になっていて話すきっかけを探していたのだが、爽子はまったく気づいていなかった。風早と親しくなってからも爽子は恐るべき鈍感さで、風早が自分をかまってくれるのは同情心からであり、自分の思いは恋愛感情というよりも尊敬に近いものだと思っている。
爽子は幼い頃から避けられ続けたため、必要以上に自分を卑下している。それゆえ風早のまっすぐな思いはなかなか届かず、爽子も同じものを抱えているのに素直に表すことができない。一風変わった切り口からのすれ違いは有象無象の少女漫画の中でオンリーワンの輝きを放っている。
爽子の自信のなさは恋愛ばかりでなく友情にも影響を及ぼしている。肝試しをきっかけに親しくなったクラスメイトとの仲も一気に加熱するのではなく、じわじわと深められていくのだ。他愛ないおしゃべり、授業中のメモ回し、放課後の寄り道、ごく普通の学園生活が爽子にとっては夢のようであり、友達を友達と呼ぶことすらためらってしまう。その健気さが笑いと涙を誘う。
劇的な場面はそれほどないが、爽子が起こした小さな小さな奇跡がまるで雪のように降り積もっていく温かな作品である。読者はその雪が溶けないことを願うと同時に、その下に眠っている花のつぼみを早く確かめたいような気持ちにさせられるのだ。
(TechinsightJapan編集部 三浦ヨーコ)