フランスのワイン専門誌による「今年の特別賞」を受賞した漫画「神の雫」。現在もモーニングで連載中の、世界的に注目を集めている作品である。
ビール会社で働く主人公「神咲雫」のもとに、ワイン評論家の父「豊多香(ゆたか)」の訃報が舞い込んだ。残された遺言状には12本の偉大なるワイン“12使途”とその頂点に立つ“神の雫”について豊多香の言葉で残されているという。それらのワインを当てた時に初めて遺産が譲られることになっているのだが、雫はさほど興味を示さない。世界的権威である父への反発心から、自身は一度もワインを口にしたことがなかったのだ。
そこに豊多香のもう一人の息子という「遠峰一青」が現れた。豊多香と同じくワイン評論家である遠峰は、遺産となるワインコレクションを求めて養子縁組にこぎつけたという。そんな男とワインに興味を持てない自分とを競わせる父の真意をはかれないまま、雫は遠峰との勝負に身を投じる。
遺言のワインを探すという物語自体は斬新であるが、エピソードごとにしぼるとやや平凡な感は否めない。身近な問題をワインで解決するという、わかりやすい言葉を使えば美味しんぼ方式である。しかし、この作品の凄みは別にあるのだ。
物語の軸となっているのは、遺言に記されたワインを当てるクイズであるが、正解を出すだけではいけない。雫、遠峰それぞれが正解と思われるワインを飲んで感じたことを述べ、それが豊多香の感性とどれだけ近いかが争われる。多くのグルメ漫画で注目されてきた味の比喩が作中でも根幹をなしているわけだ。これは非常に巧いやり方である。
味の表現に関しては、漫画ではどうしても修飾過多になりがちである。本来ならば五感を自由に使って楽しむものを、視覚だけで感じ取ってもらわなければならないからだ。それゆえどうしても非現実的な表現方法に頼らざるを得ないが、あまりにそれが特徴的すぎると読者は作品の本質を見失ってしまう。物語よりも味の表現に目がいってしまうのだ。
しかしこの作品はそれで良い。表現自体が物語の肝となっているからである。
主人公の雫は亡き父にそれと知らずワインの英才教育を施されており、知識はゼロだが感性はずば抜けたものを持っている。そんな彼がワインの味を表現するのだから、我々読者はもちろん、他の登場人物すら思いつかないような突飛なことを言ったってなんの問題もない。
唐突に『マドリッドの暑い夜に黒い瞳の男がかき鳴らす情熱のフラメンコギター』と聞かされたら、誰がワインの感想だと思うだろう。この作品ではそういった特殊なワインの感想を実際に描いてもいる。ワインに口をつけるコマで終わるページをめくると、見開きでサッカー少年がゴールを決めた喜びを友と分かち合っている、という具合だ。これはまぎれもなく漫画でしか表現し得ないものであり、ここにこそ作品の価値が凝縮されている。
正直、私はワインのことなどさっぱりわからない。が、めくるめく驚愕の表現にさすがに飲みたくなってきた。コミックスにはそんなワインルーキーのためにわかりやすいコラムも掲載されているので、ぜひ読んでみてほしい。
(TechinsightJapan編集部 三浦ヨーコ)