食欲の秋を漫画でも楽しみたい漫画好きに、「深夜食堂」を紹介する。ビックコミックオリジナルで連載されている、一風変わった食堂が舞台の作品だ。
営業時間は夜12時から朝7時まで。メニューは豚汁定食とビール、酒、焼酎のみ。その代わり、客が食べたいものをできる限り作ってくれる。そんな食堂「めしや」には、夜毎たくさんの人が訪れていた。
やくざ者にホステス、ストリッパー、AV男優、スポーツ記者、サラリーマン、OL。多種多様な人物が注文するのは、これまた多種多様なメニューである。
赤いタコさんウインナー、めだま焼きの乗ったソース焼きそば、ちくわの穴にきゅうりを差したもの、まるでお母さんの作る料理のようなどこか懐かしいメニューの数々。それらを注文する客とマスターとの会話、または独白だけで作品は構成されている。作り方をレクチャーするわけでもない、うんちくをたれるわけでもない、なのに料理が欠かせない、新しい手触りのグルメ漫画だ。
この作品には美食をめぐって親子で対決をしたり、何かを食べて事件を解決したり、ポッチでステーキを温めなおしたりなどの派手な要素はなにひとつない。マスターがいて、客がいて、食べ物がある。ただそれだけなのだ。
だがこの、ただそれだけ、が非常に心地よい。日々くり返される平凡な生活のいとおしさを、他者のものでしか感じられなくなってしまった人にこそおすすめしたい作品である。
食堂に限らず、多少のわがままが通る店というのは居心地がいい。茶碗蒸しやわらかめ、ウイスキーコークレモン多め、にんにくラーメンチャーシューぬき、無理ではない程度の希望を口にすることでよりおいしく楽しむことを許してくれる店は、それだけでどんな高級店にも勝る価値がある。それを知る大人こそ、この作品をより深く味わうことができるのだ。
それでいながら、もし自分がこの店に行ったらなにを頼もうか、常連客にどんな噂をされるかなど、つい子どもじみた想像をしてしまう。おいしいものの前では大人も子どももない、食育がブームとなっている今の世で、こんな当たり前のことに気づかせてくれる味わい深い作品だ。
(TechinsightJapan編集部 三浦ヨーコ)