誰でも名前を知っている大作曲家バッハの膨大な作品の多くは、教会音楽である。
しかしながら、日本において実際に親しまれているのは、ブランデンブルグ協奏曲や無伴奏チェロ組曲といった器楽曲が中心になっている。
そんな中、バッハの大作宗教音楽「マタイ受難曲」だけが突出した人気を誇っている。CDも多く出ているので、今回はそれを紹介しよう。
マタイ受難曲は、新約聖書「マタイによる福音書」の中で書かれているキリストの受難をテーマにしたものだ。分かりやすい類例を挙げれば、大ヒットした映画「パッション」と同じテーマの作品である。
キリスト教にはおよそ縁が薄い日本人がなぜこんなにもこの作品に惹かれるのかと言えば、音楽そのものの素晴らしさが、詩とか理屈とかいうものを超越してしまったからだと言えます。
この曲が持っている「かたじけなさ」(「恥ずかしい」の意味ではなく、「感謝深甚」という意味。)が、人を大きな感動に誘うのである。
バッハの宗教曲を「アーメンもの」と呼んで別扱いにして、器楽曲ばかりを聴いている人や、「バッハは暗い」と言って嫌う人にも、この作品だけは別格として愛されている。
名盤というからには、誰にでも薦められるディスクを紹介しなければならないところだが、実はこれほどの名曲になると、アマチュアが演奏したものでもない限り、どれも素晴らしく、独唱の好みなどで選定するしかないのが実情である。
そんな中、トン・コープマン指揮によるディスクを紹介しておこう。
余談だが、「こんなに素晴らしい音楽があるのだから、キリスト教信者の人は皆この曲を知っているに違いない」と考えて、実際の信者さんにその話をすると「なんですか、それ?」という反応が返ってくることが多い。
要するにこの作品は信教や思想信条とは関係ないのである。音楽への感性さえあれば必ず感動を呼ぶ作品であると言えよう。
(TechinsightJapan編集部 真田裕一)