「才賀勝」は姉のように母のように慕う「しろがね」を守るべく人形繰りの修行をすることに。しろがねのいる仲町サーカスを後にし、かつて勝の命を狙った人形使い「阿紫花英良」が育った黒賀村で、自動人形(オートマータ)を憎む人形破壊者「ギイ・クリストフ・レッシュ 」に教えを乞う。
新しい暮らしに勝が馴染んできた頃、第一の“ゲエム”が始まった。しろがねを奪うべく敵が動き出したのだ。勝は人形「ジャック・オー・ランターン」を携え、刺客としてやって来たオートマータと戦う。苦戦の末に勝利を収め、しろがねの寝顔だけを心に納めて勝は黒賀村へ戻っていった。
からくりサーカス“本編”は勝の日常が中心におかれている。勝が来るべき日に備えて戦う術を身に着けていく一方で描かれる黒賀村住人とのふれあいに心が温まるが、それが温かければ温かいほど、読者はこれからやってくる闇を思って身を硬くする。そしてそれは、おなじみの道化の口上とともにあまりにも唐突に訪れるのだ。
『お客様、我らはこれより……暗黒の番組を演じる所存でございます』
『激しく、恐ろしき番組は皆様の心を奪い、果ては粉々にしてしまうやもしれません』
“機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)”編の開幕である。愛すべき日常は瞬く間に崩壊し、漆黒の闇に包まれた。人間、人形破壊者、オートマータ、それぞれがそれぞれの舞台で命を賭ける、フィナーレが始まる。
最終章は怒涛のバトルラッシュ。すべての謎がつまびらかにされた後の当然の流れであるが、けっして飽きることはない。人形が戦うファンタジックさをぶち壊す、作者・藤田和日郎氏の画力が生むリアリティが読者を飲み込んでいくからだ。
繰る人間、流れる糸、動かされる人形、意思を持って蠢く歯車、これほどまでに疾走感あふれる戦いの場面を藤田氏以上に巧みに描く漫画家がいるであろうか。特に勝と黒幕の一騎打ちは素晴らしい。ともすれば地雷になりかねない表現をあそこまでの迫力を持って描ききってくれたことに感謝の念すら覚える。
この作品のバトルシーンばかりでなく、名台詞が多いことでも知られている。ファンならば一つや二つ心に刻まれた台詞があるはずだ。個人的にはオートマータ「コロンビーヌ」の『男の人と女の人の「本当の愛」はひとつだけなのよ』が印象深い。その“ひとつ”を求め、奪ったことが根源となっている壮大な物語の悲しさが凝縮されているように思われるのだ。
読者が悪だと思っていた存在にも、心臓をわしづかみにされるようなどうしようもない切なさが隠されている。言葉だけでも、画だけでも足りない、漫画ならではの胸を打つ場面の数々がまるでサーカスの演目ごとく浮かんでは消えていく。漫画好きを自称するならば、この作品を読んでいないのは人生の損失であると断言する。
コミックス43巻にわたるサーカスの大団円は、実に11ページを割いたカーテンコール。すべてのキャストのはちきれんばかりの笑顔を見て、勝の言葉が頭をよぎる。『幸せが似合わない人なんて、いない』
(TechinsightJapan編集部 三浦ヨーコ)