伝説のマンガ雑誌「月刊漫画ガロ」で人気となり、その後精神のバランスを崩していった漫画家・安部慎一が、青春時代に後の妻・美代子と送った赤裸々な同棲生活。それはそのままマンガとして「ガロ」で発表され、その作品を絵コンテがわりに映画化したのが、7月4日公開の『美代子阿佐ヶ谷気分』である。若干34才、なんと1970年代半ば生まれの若手監督・坪田義史がまさに“親世代”の青春を見事なまでに映像化した。
今でも熱狂的なファンがいる、カルトな漫画家・安部慎一。その憎めないキャラクターを水橋研二が好演。圧倒的存在感の美代子を演じた「毛皮族」の町田マリーはとにかく生命力に溢れ美しい。この二人に加え、本多、松浦、あんじと実力のある若手俳優陣に一人だけ見慣れた佐野史郎がうまく溶け込んでいる。暗く殺風景な時代を映す“漫画そのもの”の画像が、人間の性や本能を見せつけ、安部と美代子の絡み合うシーンは、妙にナマの温かさが伝わってくる。不思議な映画だ。
70年代にタイムスリップし、当時の濃密な男女の青春を描くには、文学的な要素がいっぱい詰まった東京・阿佐ヶ谷の町がぴったりだ。
売れない漫画家の安部愼一(水橋研二)との生活を支える為に、スナックで働く恋人の安部美代子(町田マリー)は、ギターをひいて歌う平凡な若い女性。恋人の愼一は美代子の裸を写真に撮り、セックスし、それを題材にマンガを描く。美代子は言われるままに自らをさらけ出す、二人はどうしようもないぐらい愛し合っていた。
同郷の友人で美代子に思いを寄せる作家の卵・川本賢治(本多章一)と、いつも安部が来るのを予言する池田溺(松浦祐也)の二人の創作仲間たちは、安部と思想をぶつけ合うも、お互い助け合っている。しかし創作のために安部が美代子の友人・真知子(あんじ)に手を出してから、川本との関係はきしみ始め、やがて芸術と思想の狭間で安部の心も壊れていく。
今から約40年前の二十歳そこそこの男女が織り成す、ネットリとした性愛。当時の社会情勢がそうさせるのか、カルチャーを牽引する若者の恋愛は今では想像もつかないほど複雑だ。しかし登場人物の心の奥底は一途で純情なので、かなり過激な性描写もいやらしさを感じない。
「阿佐ヶ谷の彼の部屋であたし平和よ。」
と、ベットでグダグダしている美代子は、実はすごいしっかり者の女性。安部に言われるままに無理を受け入れ、結局は一生、夫と寄り添っていく。常に安部の想像の源は美代子であり、美代子へのがんじがらめの「愛の支配」こそが、安部の苦しみだったのかもしれない。「芸術家」はこういう人が多いのかもしれないが、ここまで愛されれば女も本望だ。
ノスタルジックな阿佐ヶ谷の部屋での美代子は・・・『美代子阿佐ヶ谷気分』公式サイトで。
(TechinsightJapan編集部 クリスタルたまき)