writer : techinsight

【映画行こうよ!】100年前と変わらぬ、厳しい山でのロケを敢行。『劒岳 点の記(つるぎだけ てんのき)』

(C)2009映画「劒岳 点の記」製作委員会

明治時代末期に北アルプス・立山連峰で実際に行われた山岳測量を題材とした新田次郎の原作小説を、過酷な自然を相手に延べ200日かけて、標高約3000メートル、氷点下40度の体感温度に耐えてのロケーションを敢行した『劒岳 点の記(つるぎだけ てんのき)』。その厳しくも美しい自然と、生死の境界線を越えて観測に挑んだ、約100年前に実在した男達の姿が今スクリーンでよみがえる。

初夏で梅雨のムシムシしたこの時期、映画の中では雪や風が吹き荒れていた。初日の上映館には、山に興味がある中高年のご夫婦がいっぱい。あらためて登山ブームなのだなと感心した。

『劒岳 点の記(つるぎだけ てんのき)』を簡単に説明すると、劒岳「ツルギダケ」とは北アルプス・立山連峰の一番尖端にあるコワーい“断崖絶壁の山”。と、そこに至るまでのルートを測量する為、27箇所のポイントに石を植え込み、木で作った目印の三角ツリーのようなモノを立てていく。「点の記」はその記録のこと。一口で言うと、簡単そうだがこれは大変な作業なのだ。

浅野忠信が演じる柴崎芳太郎は陸軍のエリート測量手。控えめで思慮深い明治の男で家には新婚の妻(宮﨑あおい)がいる。ある日柴崎は軍から、“どう考えても危険極まりない”劒岳「ツルギダケ」の観測を命じられてしまい、山案内人の宇治長次郎(香川照之)や、ベテランの測量士の木山(モロ師岡)と、若い測量士のノブ(松田龍平)、その他ふもとの村で雇われた、(ヒマラヤ登山でいうシェルパみたいな役割をする)人夫たちと劒岳「ツルギダケ」の登頂を目指す。折りしも時代は日露戦争直後、この戦争に勝利し強気な日本陸軍は、ものすごく威圧的。一歩誤れば死をまねく観測であっても、柴崎に断る余地は無かった。笹野高史、國村隼、冨岡弘の融通のきかない軍人ぶりにイライラ。それだけリアルに軍の上層部を演じている。今話題の小澤征悦の玉井大尉だけは柴崎たちに親身に接する。

国家事業として、劒岳「ツルギダケ」の観測に着手するというのは表向きで、軍の思わくはとにかくライバルの「日本山岳会」よりも先に陸軍の観測隊が、「前人未踏の劒岳」に登頂する事。まるで意地の張り合いである。対し、日本山岳会の初代会長で有名な登山家・小島烏水(こじまうすい)に扮した粋な仲村トオルは、最初から最後まで爽やか。

傾斜45度どころか、カモシカがへばりついている断崖絶壁を登っていく観測隊。耳も凍る吹雪や、草木の茂る獣道、強風・豪雨までありとあらゆる自然の驚異が観測隊を襲う。こんな状態で演技している浅野をはじめ役者もスゴイし、こんなところで映画を撮ろうと思う監督やスタッフに対しても普通では理解しがたい。また、反対側から彼らを撮影しているカメラの技術もたいしたものである(監督がキャメラマンだからか。)。外国のドキュメンタリー映画以上に迫力がある。そして山はどこまでも美しく険しい。

上映時間が長く、山ばっかりなのだが時折現れる宮﨑あおいや、役所広司、鈴木砂羽などの年配者好みのキャスティングが場をもたす。松田龍平演じる血気盛んな測量士の生田信(ノブ)が、長次郎の息子(タモト清嵐)や人夫たち(螢雪次朗、仁科貴、蟹江一平)と触れ合う事で大人へと成長していく様子もみどころ。蟹江をはじめ人夫たちも立派な仲間だ。

柴崎に誠心誠意尽くし、何度も観測隊の窮地を救う案内人の宇治長次郎を演じる香川照之が好演。山を知り尽くし、山のシーンにおいては主役と言っていい。長次郎を尊敬し、自らの人生の意義をも“観測”に賭ける柴崎の姿もまたとても清々しい。この二人が当時に生きる人々の強い精神力や謙虚な「人間の美しさ」を見せる。この先、軍国主義一色の暗い時代に突入していく日本において、軍の理不尽な要求に矛盾を感じながらも“与えられた任務”を遂行た柴崎や長次郎のような人々がいなければ、この偉業も達成できず、こんな映画も生まれなかった。

映画終盤で発覚する驚愕の事実と、そのカギを握る行者様(夏八木勲)の存在が神秘的。最後まで軍に振り回される柴崎たちを、あたたかく見つめる人々(それが誰かは劇場でご確認を。)の存在があって救われる。
『劒岳 点の記(つるぎだけ てんのき)』は、絶賛公開中。
(TechinsightJapan編集部 クリスタルたまき)