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【飛鳥 銘の鑑定日記】よい占い師を選ぶコツ

こんにちは 占い鑑定士の飛鳥 銘です。
いつも恋愛談義ばかりではつまらないかと思われますので、今日はよい占い師を選ぶために必要なコツと、占い師志望の人にぜひ知って欲しいことを紹介します。

明治時代の哲学者で井上円了という人がいます。俗に妖怪博士とも呼ばれ、日本各地と外国の妖怪譚を収拾分類研究して、迷信を片っ端から撃破しています。

当然、占いも迷信であるとしており、その快刀乱麻ぶりがあまりに痛快なので一部を紹介してみましょう。

○「当たるも八卦、当たらぬも八卦」と言うが、吉凶の二択なら半分は当たるのが当然である。
○鬼門、金神などの方角吉凶があるが、方角というのは地球が平面であると考えられた時代に便宜上決められたもので、北極点に立ったときにはそもそも方角は存在しない。
○占い師が吉凶を見分けられるのなら、占い師は幸運ばかりで大金持ちであるはずだが、概して辻占い師の類は目も当てられぬほど貧乏しているようだ。
○よって、貧乏占い師が吉凶を説いても説得力はまるでないし、言うことを聞いても害があることが多い。
○病人が多く出る家は家相が悪いと言うのは、占わなくても、たいてい低地で湿気が多く日当たりも空気の流通も悪いので、病人が多く出るのは当たり前である。

実にごもっともなお話で、円了先生の言うには、迷信は「知識に乏しいこと」と「道理に暗いこと」から起きるので、学校教育と宗教教育によって迷信は排除できるとのことです。

しかしながら、現在の学校教育と宗教教育がそうした役目を十分に果たしているとは思えず、それぞれの土地に伝わる迷信に加えて、都市化の進展に伴い、都市伝説なるものも登場しています。

さらに疑似科学迷信や各種ダイエット迷信なども増えて、21世紀は迷信の宝庫となっているようです。

さて、占い師の私が目指すのは「禍福はあざなえる縄のごとし」という諺を実践することです。

これは、人生には幸せと不幸が隣り合わせでやってくるものだから、幸運が来たと言ってはしゃいだりせず、不幸に備えて身を慎み、他方、不幸が来たと言って激しく落ち込んでヤケになったりせずに、風向きが来るのを待てという意味です。

どうすれば、丈夫で美しい縄があざなえるかをアドバイスするのが占い師の役目です。

また、迷信は一切排除してしまうと、索漠とした現実しか残らないのです。迷信は否定するものではなく、生活に潤いとロマンを与えるために必要なものです。

これらを上手に使って、人生を輝かせてくれる占い師がよい占い師であると言えるでしょう。

私は、幸運ばかりの金持ちではありませんが、貧窮のどん底なわけでもありません。与えられた自分の分を大事にしていきたいものです。

どうぞ皆さま、ステキな週末をお過ごしください。
(TechinsightJapan編集部 飛鳥 銘)