先週末、東京・江東区が来年度から、区内の公立小中学校の学区を事実上復活させるという方針を発表した。各地で学校選択制の導入が進む中、なぜ江東区はそうした時代の流れに逆行し、学校選択制の方針転換を決めたのか。その背景を探るとともに、その是非を問うてみたい。
◆「学校選択制」導入の背景は
そもそも「公立小中学校の学校選択制」とは、今から10年ほど前に始まった規制緩和がきっかけに生まれたものだ。都内では2000年に品川区が導入したのを皮切りに、今では23区のうち19区が小・中学校のどちらかまたは両方で学校選択制を取り入れており、市部でも八王子市や立川市、町田市など10市で導入されている。特に制限のない自由選択制をはじめ、隣接区域から選択できる制度や、ブロック選択制など様々な形態があり、通学希望者が集中した学校については抽選が行われる。
学校選択制が支持された背景には、少しでも良い学校にわが子を通わせたいという保護者の意向がある。とりわけ、ゆとり教育の弊害が指摘され始めた2005年以降、こうした風潮が強まったといえよう。ゆとり教育による子どもの学力低下が懸念されて私学志向が強まると、公立校は生き残りをかけて改革案を提示せざるを得なくなった。その一つが、学校選択制なのだ。
選んでもらうということは、学校間の競争を喚起するということだ。それまで、公立の小中学校は黙っていても生徒がやってくるという状態だったが、これにより、各学校は「評価される学校づくり」を求められた。
◆いいことずくめ…の選択制、なぜやめるのか
行きたい学校を自由に選べるようになり、競争によって学校がサービスの向上に努めるようになれば、いいことずくめのように思える。それにも関わらず、なぜ江東区は自由選択制をやめたのか。
その最大の理由として、江東区は「地域と子どもたちの関わりが薄れてきたこと」を挙げている。例えば小・中学校と地元町内会が合同でラジオ体操やお祭りなどの地域行事を行っても、顔の知らない子どもがいたり、逆に地元の子どもが参加しにくかったりと、地域の大人と触れ合う機会が減る結果となっているようだ。
さらに、遠方に通学するとなれば、防犯面の問題もある。江東区は南北に広く、最近開発が進む豊洲や辰巳といったベイエリアも含まれる。「学校の友人と公園などで遊ぶ機会が減った」「隣の子は違う学校に通っているから遊べない」といった交友関係の問題もある。
しかし、そうした問題は私立の小・中学校へ通う子どもたちにとっては前々から指摘されている問題である。それが理由で学区を復活させるならば、何のための自由選択制だったのか、と首を傾げざるを得ない。
◆周辺の区の反応は
学校選択制を導入している区・市にとって、今回の江東区の判断はどう映るのか。小中学校で隣接区域選択制を導入している杉並区では、制度の評判が良いことから「今後も選択制は続ける」としている。江東区のお隣、台東区では、中学校で自由選択制を導入する一方、小学校では学区を残している。その方針について聞いたところ、「小さい子は通いやすさを第一に考えて、学区を残している」とのこと。こちらも来年度以降の制度変更は予定しておらず、江東区の判断には「よそはよそ、うちはうち」といった様子だ。
また、同じく江東区に隣接する中央区では、中学校で自由選択制をとり、来年度から小学校でも、一部学校の自由選択制(特認校制度)の導入を予定している。今回の江東区の判断が中央区の方針に影響を与えることはないとした上で、来年から導入する制度の意義を、次のように主張する。「今回の特認校制度は、区内の小学校16校のうち6校について導入するもので、原則は学区を残した上で、施設に対して生徒の余裕がある(=生徒数が少ない)ところについて、区の全域から受け入れを行うものです。」選択の自由化を目指すとともに、生徒の少ない学校を減らそうというものだ。
確かに、自由選択制では学校の人気度によって生徒数にバラつきが出てしまう、といった問題も指摘される。ただ、2000年に都内で最も早く学校選択制を導入した品川区は、それ自体悪いことではないと主張している。「そもそもの目的は学校そのものの個性化や持ち味を出していくことにより、学校全体の活性化を図っていくことにある」ということで、少人数なら少人数なりに良い学校にしていくという方針だ。
◆選択制を導入しない区も
一方、23区のうち、世田谷、中野、大田、北の4区は選択制を導入していない。このうち大田区は、今後も導入の予定はないとした上で、その理由を「家庭・地域・学校が三位一体となって子どもの教育に取り組むことが大切だから」としている。保護者の選択制導入を求める声はあるものの、通学可能な範囲で特別に要望があれば入学校の変更をある程度柔軟に行っているため、大きな問題は起きていないとのことだ。
また、北区も同様に地域と学校の連携を重要視している。こちらは逆に、選択制の導入を求める声はなく、学区の維持を求める声が多く寄せられているという。
そして世田谷区は、そもそも公立学校に良い/悪いの差があること自体がおかしいと主張する。「世田谷区では全国に先駆けて学校協議会を設けた。それぞれの学校から良いところを学び、互いに切磋琢磨しあって全体の質を高めあっている」と担当者は話す。そして、世田谷区もやはり「地域との連携」を重視している。
教育学者の藤田英典ICU大教授は著書などで、「学校選択制は公立小中学校の序列化と受験戦争に似た競争の激化を招くだけだ」と指摘している。また、生徒の集まらなかった学校での学級崩壊や、人数不足のため部活の廃止、現場の教師の負担増なども新たな問題として発生するという。
ちなみに、自由選択制が導入されている八王子市で小学6年生に聞いたところ、来春から通う中学校は、おおむね家から一番近い学校や、友人が皆行く学校を選択する子が多いとのことで、中には「近所の学校の制服が嫌だから遠くの学校に通いたい」という子もいるようだ。必ずしも大人が過熱するほど深刻な問題ではないのかもしれない。
より良い学校を望むのは、誰しも同じだ。しかし、その方法をめぐっては様々な意見が交錯する。選択制の可否は今後も議論が続きそうだ。
(編集部 鈴木亮介)
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