イタすぎるセレブ達

writer : tinsight-yokote2

【イタすぎるセレブ達】ジュリア・ロバーツ激白 「私は自己中心的で使い辛い女優だった」

演劇一家の3人きょうだいの末っ子として生まれるも両親の離婚で辛い思春期を過ごし、やがて女優を志すようになったジュリア・ロバーツ。高校卒業後はニューヨークで演劇学校に通いながら次々とオーディションに挑戦したそうだ。まもなく発売の英国版『Harper’s Bazaar』誌11月号の特集インタビューで、ジュリアは若き日の自分自身について素直な気持ちを語っている。今が幸せで充実した日々を送っているからこそ明かすことが出来る、そんな告白であるようだ。

スクリーンデビューは1988年、そして1989年には『マグノリアの花たち』でゴールデングローブ賞・助演女優賞を受賞し、その美貌が世界に注目されるようになったジュリア・ロバーツ。リチャード・ギアと共演した『プリティ・ウーマン』(1990年)の大ヒットは世界中にジュリア・ロバーツ・ファンを作り、2000年に制作された『エリン・ブロコビッチ』では悲願のアカデミー主演女優賞を獲得した。

そんな若き日のジュリアを語るうえで絶対にはずせないのが男性遍歴である。多くの共演俳優と恋愛を楽しんでいた彼女は、キーファー・サザーランドと1991年に婚約したものの挙式3日前にキャンセルし、その4日後に彼の友人である俳優ジェイソン・パトリックと駆け落ち旅行に出た。そして1993年にジュリアはカントリー歌手と結婚したが2年で離婚。1998年から数年間は俳優ベンジャミン・ブラットと交際した。ほかにもリーアム・ニーソンなど彼女に夢中になった男性は数知れない。

運命の相手と彼女が実感したのは映画カメラマンのダニエル・モダー氏で2002年のこと。しかし2人は不倫の関係で、略奪という形でモダー氏と結婚した彼女は2004年に男女の双子を、2007年に次男を出産した。『ザ・メキシカン』ほかカメラマンの夫とは撮影現場で十分なほど一緒に過ごしてきたため、「公私にわたり今ではお互いが一番の理解者なの」と語ってきたジュリア。同誌とのインタビューでは夫についてこんな風に話したもようだ。

「ダニーと出会ってやっと私自身の立ち位置や母性、自分らしい人生というものが見つかり、私の中に輝きを実感できるようになったの。それはダニー。私の中で彼の存在はとても輝いてみえたの。すべての幸せは彼との出会いから始まったといえるわ。」

「夫と一緒に仕事をするのは安心感とともに怖さもあるわ。心地よいコンビネーションよ」とジュリア。女優は素晴らしい演技でカメラマンに感動を与え、最高に魅力的な姿を撮影して欲しいと望むものだが、厳しい表情でファインダー越しにじーっと見つめてくるのが自分の夫だと思うと緊張してしまうようだ。子育てに追われるようになって以来、仕事の量を減らしてしまったジュリア。もう十分に稼いだ彼女は1年に1本の作品に出演するというペースで十分なのであろう。だがショービズの世界から完全に取り残されたような気持ちになるため、仕事がゼロになるのは寂しいようだ。「これからもわが子や夫に感動を与えられるような仕事をしていきたい」と女優としての強い意気込みも語った。

1 2