エンタがビタミン

writer : maki

【エンタがビタミン♪】久米宏が34年ぶりにタモリと再会。“ゲーマー”だった壮絶な過去を明かす。

2004年3月26日に終了したテレビ朝日『ニュースステーション』のキャスターを務めた久米宏(69)が、お昼のバラエティ番組『笑っていいとも!』(フジテレビ)に初出演を果たした。彼は「タモリさんにお礼が言いたくて」やって来たという。タモリも知らないところで『いいとも』の存在が久米宏に影響を与えていたようだ。

2013年最後のレギュラー放送でもある12月25日の『笑っていいとも!』で“テレフォンショッキング”のゲストとして登場したのが久米宏だった。TBSアナウンサー時代には 『ザ・ベストテン』などの司会者として人気のあった彼は、フリー転身後に1985年10月7日スタートしたテレビ朝日の『ニュースステーション』でメインキャスターを務めた。

タモリと最後に会ったのはそれ以前のことで、久米が司会をしていた日本テレビ 『おしゃれ』(1980年4月~1987年3月)で共演した時だという。「あの番組で赤塚先生の話をした時以来だから、まだ『いいとも』は始まっていない」と34年ぶりの再会を懐かしんだ。

早稲田大学で先輩と後輩にあたる2人はやはり同じ大学にいた吉永小百合の思い出話などに花を咲かせていたが、久米宏が突然「今日は、タモリさんにお礼が言いたくて来たんだ」と言い出した。

彼が18年半続けた『ニュースステーション』のメインキャスターをやめたのが2004年3月26日だった。彼は「1985年の秋にスタートして10年でやめようと思っていた」と明かしながら、「でも僕より先に『いいとも』を始めた森田一義がずっとやっている」と気づいたという。

久米宏は改めて「2000年から2004年までの4年間もったのは森田一義がいるから頑張ろうと思ったからだ。ありがとうございました」とタモリに感謝したのである。

さらに久米は「生放送には『元気があって、明朗快活。頭がフル回転』していないと出てはいけないと考えて、それで疲れた部分もあった」とキャスター時代を振り返る。しかし「でも、この番組を見ていると、タモリさんは『元気があって、明朗快活。頭がフル回転』というわけでは無い」と指摘し、当のタモリも「無い! 無い!!」と手を振りながら認めた。久米は「もっと早くそれに気がついていればまだ(ニュースステーションを)やっていただろう」と惜しんでいた。

彼はこの日、その『ニュースステーション』時代の意外な生活を明かしている。当時、『グランツーリスモ』 というドライビングシミュレーションゲームにハマって「番組が終わって、夜1時から3時、4時までほぼ毎日やっていた」というのだ。土日は妻の手前やらなかったものの、優勝するまで2年間もそんな生活が続いた。

アクセルを踏み込む際に右手の親指に力が入ってしまうのが原因で、やがて腱鞘炎になって筆記具が握れない状態になった。形成外科で診てもらい「先生! こういう患者さんが今は多いでしょう!?」と尋ねたところ、医師から「久米さん、あなたが初めてですよ」と言われたそうだ。その後は、ゲームから卒業したというが、最も多忙だった『ニュースステーション』の時期に“ゲーマー”生活を送っていたというから驚きである。

タモリにもゲームの思い出があり、「パックマンを喫茶店でやっていると、コントロールバーを一生懸命にガチャガチャ動かしているうちに、気がついたら手から血が出ていた」と明かしている。全く性格は違うように見える2人だが、そんな話を聞くとどこか似ている。

久米宏は『ニュースステーション』をやめた2004年3月26日からちょうど10年が過ぎる2014年の3月いっぱいで『笑っていいとも!』をやめるタモリに「夏休みもとらずに良く頑張った」とねぎらいの言葉をかけていた。そこには、2人だけが共感できる何かがあったようだ。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)