writer : tinsight-yokote2

【巨大地震・盛岡から】その9 立ち上がった民宿のご主人! 始まった共助の動き。

今回の「東北太平洋沖大地震」について、記者は盛岡より記事を書いております。16日午後3時半近くのこと、TBS系の地元TV局IBC岩手放送に、安否がとても気になっていたある男性が突然大きく映し出され、よくぞご無事でと大変感動しました。震災から6日、被災地で共助のために立ち上がったというのです。

その方は菅野修一さん(59)といい、陸前高田市広田町で民宿を営んでおられる猟師さんで名料理人。記者も子供たちが幼い頃、幾度も夏に泊まらせて頂きました。朝に晩に食べきれないほどの美味しい魚介類の料理が並ぶため、広田湾での海水浴とともに我が家の大変なお気に入りの宿だったのです。

ある年は、着いたもののひどい台風に重なり2泊の予定を1泊に切り上げて盛岡に帰ることになり、その際子供たちに「せっかく来てくれたのにゴメンネ。何か買ってもらいなさいね」と一人ずつに500円玉を握らせて下さった、そんな優しいご主人ですから絶対に忘れられません。10日ほど前に地元紙「岩手日報」に菅野さんの地元での活躍ぶりが掲載され、若者たちを引っ張って相変わらず町を盛り立てていらっしゃる様子を喜んでいた矢先に、この大震災です。本当に心配しました。

さて、この菅野さんが登場したこの度のニュース。津波の難をどうにか逃れ、しかしいつまでたっても救いの手が差し伸べられない様子にじっとしていられなかったという菅野さんは、白いトラックで一路盛岡を目指し、大量の食糧を買い込んで再び町に戻り、近所の人たちを集め、一人5点までとして食料品などを格安で販売してあげていました。幼いお孫さんのための物資も、しっかりと調達された様子です。

政府は何をやっているんだという苛立ちの声も多くなる中、共助、自助の精神で立ち上がる勇敢な方がいらっしゃることには、本当に勇気づけられます。こういう行動力、知恵、リーダーシップ、強い精神力を全ての方に求めることはできませんが、菅野さんのような方がいらっしゃる限り、記者や家族が覚えているあの美しい海辺、漁港が陸前高田に戻る日は必ず来ると確信しました。
(TechinsightJapan編集部 古瀬悦子)