エンタがビタミン

writer : maki

【エンタがビタミン♪】石原裕次郎に「ガキ扱いされた」小堺一機の思い出。

永遠のヒーロー・石原裕次郎が残したエピソードは数知れない。世間ではあまり知られない、普段の裕次郎を知ることができる話も興味深いものだ。タレントの小堺一機が石原裕次郎の思い出を語った。

小堺一機が司会を務める「ごきげんよう」の中で彼自身の石原裕次郎の思い出を話した。

小堺が子どものころだ、彼の家には石原裕次郎のサイン入り生写真があった。両親が裕次郎の大ファンだったのだ。石原裕次郎は足が長いことで知られ、部屋には窓から出入りしたらしい。
小堺の母親は「裕ちゃんはキャベツが好きで、たくさん食べるからあんなに足が長いのよ」と言い、小堺にキャベツを食べさせたと言う。
「そのおかげで、こんな足になりましたよ」と彼はズボンを上に引っ張って見せた。

そんな小堺一機はデビューした頃に石原裕次郎と仕事したことがあるのだ。といっても、共演ではなく裕次郎へのインタビューだった。彼は番組のディレクターと二人で石原裕次郎のインタビューをすることになった。裕次郎の元へ出向いた二人を石原プロのスタッフが「こちらでお待ちください」裕次郎が控え室として準備したトレーラーに案内した。

小堺は石原裕次郎とそんな個室で会うことができるとは夢にも思わなかった。二人は緊張して”トレーラーの床を汚してはまずい”と爪先立ちで立って待っていた。やがて裕次郎が現れたのである。
彼は自分より背丈がかなり低い二人を見ると
「なんだ、ガキが二人で来たのかい?」と挨拶代わりに言ったのだ。
ガキ呼ばわりされると腹が立つものだが、石原裕次郎に言われると嬉しいから不思議なものだ。
「声とか言い方がとにかくカッコイイ」と小堺一機は懐かしそうに思い出していた。

石原裕次郎は1987年7月17日に亡くなった。
昨年は「天国からのラストメッセージ『ありがとう』石原裕次郎二十三回忌祭典」が催されて話題となった。
今年のイベントについては情報はないが、命日には多くのファンが彼を偲ぶだろう。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)