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インド発。15歳少年はなぜ惨殺されたか?「カースト越しのラブレター」事件を考える。

2008年11月25日 11:45

インドで自分よりも下位のカーストに属する少女にラブレターを書いた15歳の少年が、登校途中に相手カーストのメンバーに拉致され、髪を刈られて市中を引 き回された挙げ句、少年の母親が命乞いをする声も空しく、線路に投げ込まれて轢死するという何とも痛ましい事件が起きた。少年の行為はなぜこれほど残忍な私刑に発展したのだろうか。




一般にカースト制度とはバラモン(僧侶)、クシャトリア(王侯・武士)、ヴァイシャ(平民)、 シュードラ(隷属民)の四つの身分(これは「ヴァルナ」と呼ばれる)に加え、これらに属さないアウトカースト(不可触民)を含めた五つの区分で構成される身分制度だと思われているが、その中にはさらに職業別に細分化された階級制度「ジャーティ」という区分がある。ジャーティの種類は2000~3000とも言われ、世襲されながらインド社会に完全な分業体制を構築している。一般に、身分制度のヴァルナと職業別階級区分のジャーティを総称してカースト制と呼ぶが、カーストという語はきわめて多義的に使われるためこの記事の中では以後使用しない。

基本的に結婚は同じジャーティ内に限られているが、異なるジャーティ間の結婚もまれにあるという。これらがただの職業区分にとどまらず身分差別を伴うのは、ヒンドゥー教の「清浄」の概念と輪廻転生の世界観が背景にある。全てのジャーティには序列が決められており、上のジャーティほど清浄、下にいくほどけがれていると考えられている。今生の身分は前世の行いによる必然であり、それは現世の自分の人生を懸命に生きること(=生まれながらに与えられた職業に専念すること)によってのみ来世の身分に良い影響を及ぼすと信じられている。自己救済のために職業別階級を守らなければならないというヒンドゥー教の教えこそ、独立後の憲法で禁止されたはずのヴァルナ・ジャーティ差別を残存させている主な原因なのである。人を救うはずの宗教が人を束縛し、その目をふさぐこともあるという典型的な例だ。新しい職業を多く産むIT産業の発展などによりカースト制は除々に薄れつつあるが、都市化が進んでいない地域ほど根強く残っているのが現実である。さらに新しい職業がこれまでのジャーティのしがらみから自由だといってもそれは表向きのことで、働く人の意識の底にヒンドゥー教が根付いている限り、国民の八割が信じている教えをないがしろにして著しく身分の劣る人間を自分の部下として使いたがる人間は多くないはずだ。つまり新しい職業であっても、下層階級に開かれている門戸は広くない上、貧しい下層階級の人々にはそこへ到達するための高等教育を受ける機会からして少ないという現状がある。

配信元であるロイターのサイトには英文でやや詳しく記されていたが、日本語に訳されて配信されたニュースはその要約に過ぎなかった。そのため、日本のネット掲示板やニュースのコメント欄には事件の真相を巡って、「少女はマフィアの女で、処分された警官は買収された」、「少年のラブレターが上位の立場を利用して少女を手込めにするような愚劣な内容だった」などと様々な憶測が飛び交っていた。

真相を突き止めたという確証はないが、以下の情報が参考にはなるだろう。まず、事件が起こったのはインドの最貧困地域、北東部にあるビハール州の州都パトナである。少年も少女もともに下層階級に属している。少年は「”rival caste”のメンバーによって拉致された」と書かれており、両者の身分差がわずかだったせいもあってか、ただでさえ乏しい利権や財産を巡って両者のジャーティが対立していたことが想像できる。日本人の感覚でいえばたかが恋愛だが、インドでは見合い結婚も多く、貞操観念は相当に異なる。とりわけ場所が田舎であれば恋愛が結婚を前提にしたものであることも多いだろう。この結婚がまずクセモノなのだ。インドでは男尊女卑の価値観が根強く、もし結婚することになれば嫁の側が持参金(ダウリー)としてまとまった財産を提供しなければならない。その金額は婿の職業や地位によって決まるが、大卒者の初任給の40倍~800倍とも言われており、一族の家計を長期にわたって圧迫する。中には女児の誕生を呪いの仕業と見なす家族もあるというぐらいだ。さらに恐ろしいことに結婚時もしくはその後のダウリーの追加要求を娘の家族が満たせない場合には婿の家族にいびられた末、事故に見せかけられて殺されるケースも多いという(被害者は毎年6000人~7000人で多くはキッチンでの事故を装い焼き殺される)。彼のアプローチが最初からダウリー目当てだと解釈されればこういった事情もあるいは関係していたかもしれない。それは結束の固い集団にしてみれば自分たちの財産や利権 (例えば土地やそれにまつわる薪や果実の採取)の流出をも意味しているだろう。

原文では北部地方のような田舎では、こうしたジャーティを越境するアプローチはしばしば相手方の家族を激怒させ、家族の名誉のために殺人沙汰になることも珍しくないと結んでいる。先に紹介したようにヒンドゥー教徒が守らなければならない最も基本的な生活態度はそれぞれの職業区分の中で懸命に生きることである。少年のアプローチはそれを妨害するものだという解釈もできる。原文を読む限りでは、ヒンドゥーの教えに背くようなことをさせて娘をたぶらかそうとしている男として殺害されたと読むのが妥当かもしれない。
おそらく少年はそういった事情を考慮せず(あるいは募る想いを抑えきれず)に少女にラブレターを書いた。故意か偶然か、それが少女の周囲の人たちの知るところとなった。少年は純粋な恋心からアプローチしただけだったかもしれないが、相手はそうは受け止めなかった。人間同士のコミュニケーションに誤解はつきものだが、これほど悲しい誤解のされ方があるだろうか。どういった事情があるにせよ、15歳の少年を惨殺して守られる名誉とは何だろうか。今生の生き方によって来世が決まるならば殺人などタブーの最たるもので、本末転倒も甚だしい。仮に少年に何らかの落ち度があったとしても、事件が伝える悲惨さは露ほども変わらない。
ちなみにこのビハール州はブッダが悟りを開いた土地・ブッダガヤのある州として知られるが、仏教の聖地で人間の煩悩はいまなお深い。少年の冥福と理不尽な悪習の一日も早い消滅を祈るばかりだ。

(編集部:こてつ)

【参照記事】
・ロイター Indian boy thrown under train for writing love letter
・ICUアジア文化研究所 インドの女性とダウリー制

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